西暦1998年。日本は山一証券や長銀や拓銀が潰れて「そろそろヤバイ感」が漂っていたが、そんなことに関係なく私は高校2年生で童貞であった。

 この時代を語るとき、必ずケータイと女子高生の援助交際がリンクされるが、少なくとも私の周辺に援助交際をやっているJKは存在しなかった。私は人口170万人を超える政令指定都市の真ん中で育ったが、ケータイで援助交際をやっているJKというのは、一種の東京幻想に近く実感は無い。

1990年代後半はルーズソックス全盛期 ©AFLO

 当時インターネットは通信速度の関係上、完全に文字の文化であった。家庭にISDNを導入しているのはブルジョワかオタクか変人であった。2001年を過ぎてようやくYahoo! BB(現在のソフトバンク)が街中でモデムを無料で配ってブロードバンド時代がやってきたが、歩みは遅かった。

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 ネットで買い物をする、つまりネットの画面上に自分のクレジットカード番号を入力する奴は馬鹿だと思われていた。この状況を劇的に変えたのが佐川急便のeコレクト。ネットで注文して自宅の玄関先で配達員の持参した端末でカード決済する。Eコマース(電子商取引)が流行語になり、現在のネット小売業の隆盛に繋がっていく。

KOEIの『信長の野望』の顔グラフィックを比較

 この時代、なじみ深いサイトに『シバタツの野望 全・国・版』というのがあった。このサイトは2005年に閉鎖されてしまった。今考えれば小泉の郵政解散の前後である。『シバタツの野望』と聞いてピンと来る人はお目が高い。ゼロ年代の初頭、知る人ぞ知るKOEIの『信長の野望』の顔グラフィックを比較していくという、好事家の間では有名なサイトだった。

『シバタツの野望 全・国・版』のトップページ(InternetArchiveより)

 今や国民ブランドとなった『信長の野望』は、1983年の『信長の野望』1作目から、主なモノで88年『戦国群雄伝』、90年『武将風雲録』、92年『覇王伝』、94年『天翔記』、97年『将星録』、2001年『嵐世紀』、03年『天下創世』と、80年代末期からゼロ年代までを駆け抜けた歴史シミュレーションゲームとして大ヒットした。

『信長の野望』の登場人物の顔は、NHKの大河ドラマや新しい歴史解釈が加わるたびに、描画技術の向上と共に「世論のイメージや空気」を受けて微妙に変化していく歴史的変遷を有する。例えば伊達政宗がシリーズを重ねるごとにどんどんホスト風のチャラ男になっていったり、『戦国BASARA』や大河ドラマの影響などで真田幸村がおっさんから若武者になっていったりするのが典型である。

「おっさん」から「若武者」へと変化していった真田幸村の顔グラフィック(InternetArchiveより)

『シバタツの野望』は、特に1作目から『天下創世』辺りまでの武将の顔グラの変化に蘊蓄解説をつけたものでサイトとしての完成度が極めて高く、顔グラ自体の画像データが小さいので読み込みに時間がかからず、テキスト時代の読物としては最高だったが、権利関係かはたまた管理人の体調不良か分からないが、閉鎖と相成った。惜しい。