病に消えた天才ランナーの父

 2001年、1年生だった将由さんは第77回大会で1区を任され区間3位の好走。2区で襷を受けた2つ上の先輩、徳本氏が当時を振り返る。

「黒田(将由)は本当に自由奔放というか、全然練習しない奴でしたよ。常にどうやってサボるか考えていたので、僕が彼の首根っこ捕まえて練習させていましたね。僕は当時ナイキのスポンサーがついていて、彼もナイキが好きだったので『この練習頑張ったらナイキの商品やるよ』と言うと『頑張ります!』って練習するんです(笑)」

 金髪にサングラスと、2人の瓜二つの出で立ちも話題を呼んだ。

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「黒田はファッションも僕の真似をしていましたね」

 しかし、その才能には心底惚れ込んでいたという。

「初めて見た時、こんなにすごい選手がいるのかと。『将来日の丸をつけて走る選手だ』と確信しました。本当に天才なんです。天性の走りの柔らかさと、誰も真似できない脱力感。その才能には嫉妬しました」

 卒業後、実業団にすすんだ将由さんは突如、突発性後天性無汗症を発症し、選手生命を絶たれる。

「僕もあいつが引退すると聞いて、何とも言えない気持ちでした。天才の100%の姿を見てみたかった。僕らの時代の法政は、ただ自分の能力で好きなように走るだけだったので、もし黒田が今の青学で原監督のプログラムをこなしていたら、朝日よりもっと強い選手になっていただろうなんて、想像しちゃいます」

箱根駅伝で見せた“ガッツポーズ”の真意は?

 徳本氏の息子・(ひなた)さんも青学陸上部の2年生。子どもたちは幼馴染だという。

「僕はお母さんのこともよく知っているけど、2人とも本当に見守るだけというか、何があっても応援するよっていうスタンスなので。だから子どもたちともいい関係を築けてるんじゃないかな」

 最後に、1位の早大・工藤慎作を抜き去る間際、黒田が同大の花田勝彦監督に向けて掲げたガッツポーズの意味を聞いた。

「あれは、ライバルに対する最高の賛辞ですよ。優れた選手に勝つことの喜びを爆発させたんですよね」

 箱根の山を越え、世界に昇る朝日が見たい。

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