筆者はその昔、何度か『ドラゴンボール』のアフレコのお手伝いで、休憩時間にお茶を出したり飴を配ったりしていた時期がある。(そんなご縁から以後は勝手ながら「さん」づけで呼ばせていただく)。
ある日の収録で台本が間に合わず、野沢さんを含め出演者全員が当日現場で台本を受け取ったことがあった。
しかしぶっつけ本番にもかかわらず、1回リハーサルをしただけで全員がセリフを間違えることも噛むこともなくほぼ時間通りに収録が完了した。
少々延びたのは、ナレーターの八奈見乗児さんがアドリブで野沢さんに絡んだ分くらいで、野沢さんが「ちょっと、やり過ぎよぉ」と笑ってたしなめる姿が記憶に残っている。
結局その日は、30分の放送回をリハ30分、本番30分で録り切ってしまい、収録というよりも生放送のラジオドラマのようだった。
「だって読むっきゃないじゃない?」とこともなげに一言
あまりに見事だったので、録音後の近場の居酒屋での打ち上げで「台本はホントに今日、スタジオで渡されたんですか?」と野沢さんに聞くと「そうよ」とにっこり。
「その場で初めて台本を読んであんな風にお芝居できるのですね」と驚いていると、「だって読むっきゃないじゃない?」とこともなげに答えが返ってきた。
すぐ横にいた、シルバー大佐役の銀河万丈さんも「そうしないと終わらないからねぇ」と相槌を打っており、「これがプロか」と感嘆したのを今でも覚えている。
その後筆者はテレビ誌の記者からフリーになり、何度も野沢さんに取材させていただく機会があったが、学生時代にアフレコ現場についてお話すると最初は「ごめん! あたしふだん人にいっぱい会ってるし記憶力が悪いもんだから……」と謝られてこちらが恐縮してしまったが、しばらくすると、「あれっ、そういえばプロデューサーさんにくっついてお茶出してた男の子がいたけどひょっとしてあの時の子? まぁまぁこんなに立派になっちゃって。これからも宜しくね」と“あの声”で言っていただき、全身が幸福感に包まれたものだ。
