「運動靴はいてくればよかった」

 伊藤さんが週刊新潮の取材班とともに、山口氏逮捕を見送らせた中村格氏を直撃しようとするシーンがある。迎えの車の窓を叩きながら「中村さん」と呼びかけるが、車は猛然と発進し、その場に取り残される。そこで一言、「運動靴はいてくればよかった」。

 身の危険を感じ、盗聴器を探すシーン。発見器で自室を探ると、激しく反応が。でも実は……、「原因は、私でした~!」。

 冷蔵庫を開けると、そこには緑色の箱が。箱入りのワインだ。

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「私はBlack BoxよりGreen Boxが好き」

 場を和ませようとおどける伊藤さん。一人でワイン1~2本は軽く空ける酒豪だという。山口氏との会食でなぜあんなに酩酊したのか不思議だと知り合いは言う。

性暴力被害者が直面する不条理を“命がけ”で描き出した

 こうして完成した作品は、伊藤さんの日常を記録した“日記(diary)”であると同時に、性暴力の被害者が直面する不条理を“命がけ”で描き出している。海外で先行上映され、米国アカデミー賞にノミネートされるなど高く評価された。ところが日本では映像・音声を当事者の了解なく使ったことが問題だと指摘する声が上がり、一部の映像を修正した上で去年の暮れに公開が始まった。

『Black Box Diaries』

 世間の関心を引き付けるインパクトと説得力を持たせる上で、防犯カメラの映像と運転手・捜査官の証言が決定的に重要な意味を持つことは、映画を観ればわかる。一方で当事者に迷惑をかけたり傷つけたりする恐れがあることもわかる。

 私は拙著『真実をつかむ』で、記者の仕事は「迷惑かける仕事、嫌われ者の商売」だと書いた。迷惑をかけてもいいと開き直るわけではないが、迷惑を恐れず踏み込んで取材しないと真実に迫ることはできない。ドキュメンタリーは事実との向き合い方が報道とは異なるが、いずれも本質的に当事者を傷つける“暴力性”を内包する点が共通している。

 伊藤さんは当事者を傷つける“恐さ”を百も承知で踏み切った。公開差し止め、修正を求められるのは当事者だけだ。実際、タクシー運転手とは和解の上、映像が修正されている。当事者でない誰もが修正を求められるなら、国による“検閲”だって認められることになりかねない。