「あの捜査員は私にとってヒーローでした」
捜査官Aとの電話について、使うかどうか迷ったと伊藤さんは大阪での舞台あいさつで明かしている。証言してほしいと電話口で頼んだ時の予想外の返事にショックを受け、電話を切って10分くらい固まっていたそうだ。そのことも記憶から“飛んで”いたという。
「でも感じたのは、私も含めてパーフェクトな人なんていない。あの捜査員は私にとっていろいろな面でヒーローでした。警察にもいろいろな人がいて、いろいろなルールの狭間でやっているし、当事者としてはもっとやってほしいこともある。映画の中でそういう複雑なところを表現したいと、プロデューサー、編集者(山崎エマさん)と話し合って入れました」
終盤、ホテルのドアマンから伊藤さんに電話がかかってくる。ホテルに連れ込まれた時の状況を証言してくれるという。職場での立場を気遣うと、「あなたの苦しみに比べたら大したことはない」と言い切ってくれて、思わず涙する。次のシーンは東京地裁前。伊藤さんが山口氏を訴えた民事訴訟の判決だ。「勝訴」の垂れ幕が掲げられると詰め掛けた支援者から歓声と拍手があがる。
観客の涙腺がブワッと緩む、この感動的な判決を勝ち取った元弁護団が、今や映画に問題ありと訴える急先鋒だ。去年2月の会見で西廣陽子弁護士は、伊藤さんが自分との電話を無断で録音していたことを知った時のことをこう語った。
「私が決定打をくらった瞬間でした。『ズタズタな気分にされた』その瞬間でした」
『Black Box Diaries』がこじ開けたこの国の闇
西廣弁護士が伊藤さんに“裏切られた”と感じてショックを受けた気持ちはわかる。だが電話の音声からは、伊藤さんも弁護士とのやり取りで不本意な思いをしていた様子が窺える。最終的に伊藤さんの主張が通ったようだが、了解なく電話を録音したこと自体、元弁護団への信頼が揺らいでいたことを示す事実だろう。
実はこの電話のシーンは日本版では大幅にカットされ、伊藤さんが抱いた不信感はかなり薄められている。お世話になった弁護士への配慮かと思うが、このシーンを残した方が、味方のはずの弁護士とすら行き違いが生じてしまう苦悩がよくわかる。修正は日本公開のためやむを得なかったのだろうが、修正前の方が“切れ味”がよい。
映画『Black Box Diaries』は間違いなく日本社会のブラックボックスをこじ開けた。性加害に甘く性被害に厳しいというこの国の闇を。同時に“命がけの”ドキュメンタリーに当事者ではない者がお行儀の良さを押し付ける異様さも。
『Black Box Diaries』
監督:伊藤詩織/2024年/イギリス・アメリカ・日本/102分/配給:スターサンズ、東映エージエンシー/©Star Sands , Cineric Creative , Hanashi Films/公開中


