海には魚がいて、永続的なタンパク質供給源として利用できます。海は農地と違って耕耘や施肥の必要がなく、ただ放置しても荒廃しません。むしろ放置することで資源は健全に保たれます。海という自然環境こそ日本の有する地理的な利点、どんな時代にも変わらない根本的な強みなのです。
先に指摘したように、日本の食料政策がタンパク質自給を最大の目標とするのであれば、水産資源と漁業をあらためて見直す時期が来ていると思います。将来どんな状況になっても、子供たちに十分なタンパク質を供給できるような国であってほしいと筆者は思います。そのためには、目先の儲けにとらわれることなく、漁業を農業と同様に、失ってはならない日本社会の基盤の一つと位置づけることが必要です。
昆虫食がもてはやされているが…
近年、メディアでは食料危機に備えた人工肉や大豆ミート、ゲノム編集した養殖魚や昆虫食の研究がもてはやされています。大学や研究機関でもそういう研究が評価され、政府や企業から大きな予算を獲得できるようで、そのために食料危機を煽り立てる風潮さえあります。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ(1976~)は世界的なベストセラーとなった著書『サピエンス全史』(河出文庫、原著2011)の中で、人類の歴史の中で、科学は資本主義的あるいは権力的な意図から生まれる投資がなければ存在できないと書いていますが、まさに「資本が儲ける」ための技術ばかりが、食料産業に関わる科学研究でも注目されています。
そのような科学技術の方向性は一見して正しく見えます。確かに漁業という産業を持たず魚を食べる文化のない諸外国では、畜肉の代わりとなる人工肉に期待するのは仕方ないことで、天然の魚よりニセモノでも肉を選ぶのが道理です。しかし、彼らとは異なり魚を食べる文化を持つ日本人が真似る必要はありません。
不自然で、人工的な「資本が儲ける」ために商品化された食べ物より、私たちの目の前の海にいる魚を食べれば良いのです。日本の海には自然の中で元気に育った魚がたくさん泳いでおり、それを獲る漁業も「今のところは」存在しています。試験管の中で製造された人工肉や養殖コオロギと、自然の海で健康に育った魚と、読者の皆さんは次世代の子供たちにどちらを食べさせたいでしょうか。
