今、日本がやるべきこと
私たち日本国民が人工肉などよりも自然の魚を食べたいと願うのであれば、少なくとも税金を使った技術開発や投資は、資本が儲けるための反自然的な科学技術に対してではなく、自然と調和した漁業や漁村を上手く維持・発展させる方向に向けて行われるべきでしょう。地球や海洋、自然や生物と調和する食料生産、持続的な漁業や農業のありかたを模索する科学的取り組みは今すぐ「儲かる」ことには役立ちませんが、未来の日本で暮らす世代には大きな恩恵をもたらします。
これは、単なる食料選択にとどまらない文明の選択なのです。古代ギリシャに起源をもつ西欧文明は、自然を支配し、あるいは作り替え、欲しいものを手に入れてきました。「科学」を動員し自由自在に自然を開発・消費してきたのです。近代ではそこに資本主義的思想が加わり、「儲ける」ための科学技術が発展しました。環境破壊型の近代的な農畜産業はその典型で、人工肉やゲノム編集の技術はその延長線上にあると考えられます。
しかし日本は違います。フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトル(1905~1980)が主唱した西欧文明に依拠する「実存主義」を完璧に論破した、20世紀を代表する文化人類学者で「構造主義」の嚆矢クロード・レヴィ=ストロース(1908~2009、著書に『悲しき熱帯』など)は『月の裏側 日本文化への視角』(中央公論新社、原著2011)で日本文化を高く評価し、「日本文化は西洋に精神的健康の模範を示している」と語りました。先進諸国で唯一、日本だけが自然を受動的に受け止め、自然から引き出せるものをありのままに生活の中に取り入れてきたことをそう表現したのです。
自然開発と消費を繰り返して成長してきた持続性のない西欧文明と比較して、日本には自然と協調し、受動的に何かを引き出そうとする独特の持続的な文化、レヴィ= ストロースが言うところの「野生の思考」が根付いています。それをレヴィ= ストロースは羨ましいと考えたのです。自然と調和した、原始的ですが持続的な食料生産産業である漁業を大切にすることはまさに日本的な「野生の思考」を尊重することであり、日本にしかできない健全な文化的態度で、世界に誇るべきものです。
しかし残念ながら西欧文明に侵食された現代の日本社会では、漁業のような自然と人との「営み」やそこでの「野生の思考」が軽視されつつあります。それが「儲かる」ことではないからです。