史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。たった7日間しかなかった昭和64年(1989年)の1月4日に被害者のX子さんは命を落とした。
事件から11年後、「ニュースステーション」ディレクター(当時)で、現在は北海道放送(HBC)報道部デスクを務める山﨑裕侍氏は、集団強姦に関与し、懲役5年以上7年以下の不定期刑判決を受けた元少年・Dの母親に接触した。息子の犯した罪と、母親はどのように向き合ってきたのか。山﨑氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』より一部を抜粋して紹介する。
「別に考えてないです」と答え続けた
綾瀬事件における少年Dは「監視役」だったが、彼の法廷での姿は複数のジャーナリストによって驚くほど共通した特徴で描写されている。小さな声でほとんど説明せず、「なにも考えてないです」などと繰り返す姿が印象的だった。
Dは弁護士との会話で、「女子高生に対する犯行を見ていたのか」と問われると「見ていません」と答え、「あんな狭い部屋でわからないはずがない」と指摘されると「見たくなかったから、そっちに背中向けて、たばこ吸ってたんです」と話したという(横川和夫/保坂渉『かげろうの家 女子高生監禁殺人事件』より)。
彼がCの部屋に行った目的は強姦でも暴力でもなく、ただファミコンをするためだった。おぞましい暴力が繰り返されていても、関心はファミコンにしか向いていなかった。X子さんが監禁され暴力を振るわれていたときも「ずっと見ていないです」、逮捕から200日以上勾留されて心情を問われても「別に考えてないです」と答え続けた。
山﨑氏は〈一体Dのこの無関心さは何だろうか。普通はもっと何かしらの感情が湧くはずだ。他人だけでなく自分自身の感情にも蓋をしているかのようだ〉と記している。
そんなDの母親に、山﨑氏は2000年9月に接触した。最初はごみ出しに来た母親に手紙を渡し、その後カラオケ店で話を聞くことに成功する。母親はその場で「眠れない。2時間ごとに起きます」と打ち明け、アパートの狭い二間での生活、息子との希薄な関係、就労状況などについて淡々と語った。
「デパートに行くと被害者のことを思い出します。ここに就職が決まっていたんだと。被害者の苦しみやつらさを自分がわかるわけではないですが、自分もつらい」と胸の内を明かした。
