1993年に発覚した「埼玉県愛犬家連続殺人事件」は、金銭トラブルを解決するために4人を毒殺し、遺体を切断・焼却するという凄惨な犯行で日本中を震撼させた。

写真はイメージ ©getty

 犯人の関根元と風間博子のカップルは、計算された手口と冷酷無比な行動で複数の命を奪い続けた。

血まみれで鼻歌を歌う女

 被害者の一人であるKさんが行方不明になった際、関根と風間はKさんの家族との話し合いに臨んだ。その場に同席していた暴力団組長代行のEは、関根がKさんを殺害したと確信し、金銭や犬舎の登記済証を要求するようになる。追い詰められた関根と風間は、Eを排除する道を選んだ。

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 1993年7月21日、2人はEとその側近の青年Wに硝酸ストリキニーネ入りのカプセルを栄養剤と偽って飲ませ殺害。遺体は「ポッポハウス」と呼ばれる場所に運ばれ、解体された。この恐ろしい作業中、風間は「血だらけになりながら演歌を鼻歌で歌って」おり、その異常な光景を目撃した運転手のYは「腰を抜かし、己の運命を呪う」ほどだった。

肉体関係もあった女性を殺害

 さらに、1ヶ月後には行田市の主婦Sさん(54歳)を殺害。Sさんはアフリカケンネルの従業員の母親で、関根とは「肉体関係もあった」女性だった。関根と風間は株主になるよう持ちかけ、Sさん家の全財産270万円を騙し取った後、同様の方法で毒殺した。遺体は例のごとくポッポハウスに運ばれたが、この時関根はさらに常軌を逸した行動に出る。Yの証言によると、「関根はバラバラにする前にSさんの遺体にわいせつ行為を働いた」という。

 関根は殺人の「哲学」まで持ち合わせていた。「世の中のためにならない奴を殺る」「保険金目的では殺らない」「欲張りな奴を殺る」「血は流さない」「ボディは透明にする」という5か条だ。

 事件が発覚したきっかけは全てを知る証人Yの自首だった。1994年12月、追い詰められたYは警察に出頭し、全容を白日の下にさらした。翌年1月に関根と風間は逮捕され、裁判では互いに罪をなすりつけ合う醜い展開となった。

 最終的に2人に下された判決は死刑。最高裁は「計画的な犯行で、動機に酌量の余地はない。猛毒の硝酸ストリキニーネを詰めたカプセルを栄養剤と偽って飲ませて、苦悶のうちに中毒死させ、死体を切り刻んで焼却した犯行態様は冷酷無慈悲で悪質きわまりない」と述べ、死刑を是認した。

 その後、関根死刑囚は2017年3月27日に刑執行を待たずして多臓器不全のため死亡。一方の風間死刑囚は再審請求を繰り返し、2025年現在も東京拘置所に収監中だ。

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