朝ドラで、夫婦間の呼び方が変わる作品は珍しい

 実は朝ドラの長い歴史を振り返っても、夫婦間の呼び方が途中で変わる作品はそれほど多くない。夫→妻が名前の呼び捨てもしくはさん付けで、妻→夫は「名前+さん」「あなた」が基本だった。交際や結婚のタイミングでも、呼び方が変わることはほとんどなかった。

 しかし『ばけばけ』では、ヘブンがトキを呼ぶ名前はこれまでにないユニークな変遷をたどっている。

 出会った当初、「しじみ売り」を職業にしていたトキのことをヘブンは「シジミサン」と呼びはじめる。しかし怪談を教えてもらう関係性になると、敬意を込めた「オトキシショウ(おトキ師匠)」や「オトキサン」へと変わる。

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 さらに第1話に出てきた後年のシーンではヘブンがトキを「ママさん」と呼んでいる描写があり、おそらくトキが子を産んでから「ママさん」呼びが定着することが示唆されている。

関係性の変化が呼び方に現れる2人 公式Xより

 一方、トキがヘブンを呼ぶ名前は出会いから結婚後まで一貫して「ヘブン先生」だったが、それが第15週の喧嘩を経てついに「ヘブンさん」に変化したのだ。

 この呼称の変遷が象徴しているのは、2人の関係性の質的な変化である。

「しじみ売り」「師匠」「先生」といった呼び方は、いずれも相手の「役割」に基づいている。職業や「怪談を教える人」として、役割で互いを認識していた段階だ。

 しかし結婚して家族になることで、互いを「役割」ではなく「個人」として呼び合うようになる。

「先生」から「ヘブンさん」への呼び方の変化は単に照れを克服しただけではなく、「先生」という呼び方が含む“教える側と教わる側の上下関係”から対等なパートナーに2人の関係が変化したことを表している。

 呼び方が個性的なのはメインのトキとヘブンの関係性だけではなく、トキの祖父はヘブンを「ペリー」(海の向こうからやってきた人)と呼ぶし、ヘブンは没落武士の祖父を「ラストサムライ」と呼んだりする。傍から見れば不機嫌になってもおかしくないあだ名だが、2人の間では「愛称」として成立している。その愛称で呼びあうことで2人の関係性の温度や信頼感が伝わるのだ。

「ペリー」「ラストサムライ」とギリギリの冗談を使いこなす小日向文世

 面白いのは長年呼び方を固定してきた朝ドラが、近年の作品では急に呼び方の変化を描くようになってきていることだ。