たとえば1つ前の『あんぱん』でも、ヒロイン・のぶの夫・嵩への呼び方が、幼馴染時代の「呼び捨て」から結婚後は「さん呼び」へと変わった。しかし場面によって「先生」と呼んでみたり、幼馴染時代のような「呼び捨て」も混ざる。

 これは2人の関係性が、小さい頃からのぶが上位で常にリードする立場だったこと、結婚後は世間体を気にして「さん」をつける配慮を表している。しかし夫がどれほど売れっ子になっても時々飛び出す「呼び捨て」が、2人の根本的な関係性が「のぶ上位」のまま変わっていないことを示している。

『あんぱん』に主演した今田美桜と北村匠 公式Xより

『ばけばけ』はその流れをさらに強めて、呼び方が変わる瞬間を名場面に変えたのだ。そして今の朝ドラが呼称の変化を意識的に描く理由はおそらく、ヒロインの描き方そのものが変わってきたことに原因がある。

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「ママさんがいなければ怪談は完成しなかった」の意味

 近年の朝ドラ、特に実在の人物をモデルにした作品では、ヒロインは「偉大な夫を支えた人」ではなく、自分自身の人生を生きる自立した1人の人間として描かれる傾向が強まっている。

『らんまん』の牧野富太郎の妻、『まんぷく』の安藤百福の妻、そして『ばけばけ』の小泉八雲の妻。彼女たちは明らかに「内助の功」ではなく、有名人である夫とともに偉業をなしとげた「共同作業者」として描かれている。

 また、本作においては劇中、ヘブンが何度も「ママさんがいなければ怪談は完成しなかった」と口にする。歴史に名前は残っていないが、トキもまた数々の怪談を生み出した重要な当事者だという視点だ。実際、小泉八雲の怪談の多くは、妻のセツが語った日本の民話や伝承を元にしている。

「神シーン」とSNSで賞賛された海辺の2人

 前述の第1話冒頭では、ヘブンはトキのことを「ママさん」と呼んだが、トキはヘブンを呼んでいなかった。それが第15週で初めて、トキからヘブンへの「先生」を脱した呼び名が描かれ、「ヘブンさん」という着地点が示された。

 第1話で描かれなかった呼称が、結婚を機にようやく明らかになったのだ。結婚後の呼称をめぐる朝ドラの試みは、自立した女性像と、夫婦の対等なパートナーシップを描く上で、関係性の変化を示す便利な装置として取り入れられているのではないか。

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