ベートーヴェンはどんな状況で作曲していたのか

 というわけで、耳鳴りはするし、特定の音は耐え難いし、妙に不安な気配にさいなまれるのだ。自分がなってみるまで、難聴というのは、しーんと静かになるのだとばかり思っていた。実際はぜんぜんちがったのだ。経験してから、あらためて読んでみると、難聴になったベートーヴェンの手紙には、たしかにそういうことが書いてあった。

 耳の方は、昼夜を分かたずざわめき、ぶつぶつ(sausen und brausen)いっている。(中略) 

 楽器や歌声の高い音は、少し離れるともう聞こえない。(中略) 

 しかし誰かが大声でやり出すと、もう僕はやりきれなくなる。

 

 ベートーヴェン『新編 ベートーヴェンの手紙(上)』小松雄一郎編訳 岩波文庫

 最初に読んだとき(まだ自分が難聴を経験していなかったとき)、大声でしゃべってくれれば聞きやすいはずなのに、なぜ「やりきれなくなる」のかひっかかったが、そのまま流してしまっていた。

 ベートーヴェンは音が聞こえない状態で作曲してすごいと思っていたが、じつはそれだけでなく、さらにうるさい中で作曲していたのである。自分が難聴を経験するまで、ずっとわかっていなかった。

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ベートーヴェンの銅像 ©AFLO

何度も聞いた「おまえなんかにはわからないんだ!」

 もし難聴になった人から「うるさくて」と言われたとしたら、以前の私ならきっと「聞こえるんなら、ぜんぜん聞こえないより、まだいいじゃない」などと、まったく無理解ななぐさめの言葉を投げかけていたことだろう。

 そんなことを言われれば、相手はその無理解さに腹が立つだろう。実際、病院の6人部屋に入院しているとき、「おまえなんかにはわからないんだ!」とキレてしまった患者の声を何度聞いたことだろう……。

 こういう爆発は本当に悲しい。言ったほうも落ち込む。なにしろ、自分の苦しみを誰にもわかってもらえないという絶望から発せられた言葉なのだから。言われたほうも気分が悪い。たとえば子育ての大変さについて愚痴を聞いてあげていたのに、「あなたは子どもを産んだことがないんだからわからない」と言われたら、どうだろうか。腹も立つだろうし、悲しくもなるだろうし、もう相手の話を聞いてあげる気持ちは失せてしまうだろう。

 お互いにとって、こういう爆発はよくないのだ。

 では、どうしたらいいのか?