新著『痛いところから見えるもの』が話題を呼ぶ、難病の当事者で文学紹介者の頭木弘樹さん。大腸の手術後に「麻酔のミス」により壮絶な痛みで七転八倒、看護師さんにいくら訴えてもなかなか医師を呼んでもらえなかった悲劇の後日談とは?
(※本稿は、前掲書から一部抜粋したものです)
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手術仲間にも痛みをわかってくれる人はいなかった
では、もし自分の痛みを本当に理解してくれる人がいたら、どうなのか?
「そりゃあ、嬉しいだろうが、でも嬉しさもしばらくだけで、けっきょく痛みが減るわけじゃないんだから、元のつらさに戻るだけでは」と思うかもしれない。
「このつらい痛みを人にわかってほしいと思うのはもっともだが、わかってもらったところで、しかたないのでは」と思うかもしれない。
しかし、そうではないのだ。
これは私に実体験がある。他でも書いたことがあるのだが、痛みに関する体験なので、あらためて書かせてもらう。
手術のときに麻酔のミスがあり、とても痛かったという話のつづきだ。
そのせいで集中治療室から元の病室に戻るのが遅れたので、戻ったときには6人部屋の人たちが「どうしたの?」と心配してくれた。
痛かったという話をすると、もう手術を終えている人たちは意外そうだった。「へーっ、そんなこともあるんだ」という感じだ。なにしろ、彼らは痛くなかったのだし、「無痛。現代医学に感謝」と日記に書いた人もいたくらいだから。
そういうわけで、手術仲間にも痛みをわかってくれる人はいなかった。痛かった夜に集中治療室にいた2人の看護師さんたちは、「大変だったね」と言ってくれるかと思ったのだが、医師をなかなか呼ばず、痛いままにしていたことを私が恨んでいるかもと恐れたのか、寄りつかない。廊下でも、私がいるのに気づくと、逃げてしまう。
私はべつに恨んでいなかったし、とくに誰かに話したいとも、わかってほしいとも思っていなかった。終わったことだし、このままでよかった。でも、なんとなく、気持ちがもやもやしていた。
“酒浸りおじさん”がお見舞いに来てくれて…
そんなとき、以前に同じ6人部屋にいた中年男性がお見舞いに来た。手術を受けて、もうかなり前に退院して、その日は通院のついでに寄ったのだ。私のお見舞いというわけではなく、他の人たちのところに来たのだが、もうその人たちは退院していた。当時の入院患者で、まだ残っていたのは私だけだった。
私とその人は、まるでタイプがちがい、6人部屋の患者どうしだったときも、ほとんど話をしたことがなかった。しかし、せっかく来たのに、顔を知っているのは私しかいなかったのだから、しかたなく、私のところに来て、ベッドの横のパイプ椅子にすわった。懐かしいような、ちょっと気まずいような顔をしていた。私も同じような顔をしていたと思う。

