――いなくなるとは、いきなりハードです。ひとり親家庭だったのですね。
塚原 母親も昔やんちゃだったみたいで、俺には真面目になってほしかったらしくて。小学校の頃から英語やそろばんの塾に家庭教師までつけられて、ガチガチに勉強させられました。でもどれも全然向いてなくて、それで踏ん切りがついて小学校の終わりからグレちゃってました。
――小学生でグレるというのは早い方なのでは。
塚原 「不良かっこいいな」って思っちゃったんですよね。地元の先輩の影響もあったし、『クローズ』とか『ドロップ』みたいな不良映画の影響もあって。
「高校デビュー、大学デビュー、社会人デビューとかはマジでダサい」
――学校にはしっかり通っていましたか。
塚原 学校は友達もいたし嫌いではなかったですね。地元の仲間が「一緒に行こうぜ」とうるさいからとりあえず行くんですけど、でもやっぱり馴染めないから黒板に「塚原帰ります」と大きな文字で書いて帰っちゃったり。中学まではずっとそんな感じでした。
――ほぼ不登校状態で、高校には進学できたのですか。
塚原 一応1個だけ受かって入ったんですけど、1年の夏休み明けに退学になりました。でも自分の周りは4月とか5月とかでぼろぼろ退学してたんで、夏休みまでよくもった方だと思います。その後は別の通信みたいなとこに入って、バイク通学しても何も言われないような自由な学校だったんでそのまま卒業しました。
――高校は卒業してよかったと思いますか。
塚原 当時から学校は「こんなことして何になるんだ」と思ってたんですけど、今でもあの経験が役に立ったのかどうかはよくわかんないですね。ヤンキーの世界では若いうちに好き勝手やって、早く卒業して社会に貢献できる大人になるのがかっこいいんですよ。高校デビュー、大学デビュー、社会人デビューとかはマジでダサいと思ってました。
――好き勝手やる。それで暴走族の道へいかれたと。
塚原 「暴霊」っていう地元の暴走族に入った時はまだ高校で、16か17のときでした。中学卒業したらすぐ入るやつが多いんですけど、自分はちょっと遅い方で。宇都宮にはいくつかチームがあったんですけど、中学のときお世話になってた先輩もいた「暴霊」一択でしたね。

