父は車椅子に座り直しました。

「そうだね、やっぱり、失敗したとは思ってないね」

 私は2通りの答えを予想しました。父の答えはその1つでした。

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 インタビューの最後、父は「(姉は)本当はもっと長く生きられたはずなのに残念だ」ということを口にしています。

インタビューの最後に「カット」と言った理由

 長い時を経て、もしかすると父の考えは変化しているかもしれないという期待はありました。もう母もいないので、母のことは気にせず自由に話せるわけですし。もしくは、今までと同じことを言うかもしれません。そういう予想はしました。

 しかし、「なぜ病院に行かせなかったのか」という問いへの父の答えは、「母が統合失調症に対する差別意識から隠そうと判断し、自分はそれに従った」でした。私は詰問にならないよう気を付けながら質問を追加しました。期待している答えが得られなくても、無理に聞くようなことはしないようにしようと決めて臨んでいました。

 インタビューの最後、私が「カット」と言って終わります。自分ひとりでカメラを回していたのだから、本来ならわざわざ言う必要はなかった。

 今思えば、「ようやく終わった」という感慨が混じっていました。姉の発症から数えると40年ほど、最初の録音から数えても30年以上が経過していました。文字通り、カット=終わりだったと思います。

1990年頃。白衣を着て大学の研究室にいる姉。 ©2024動画工房ぞうしま

 姉を病院に連れて行かなかった理由を話してくれなかったとしても、その様子が記録できれば「人間というものはそういうものだ」と観ている人には届くのではないか。そう思いました。人間は特性上、最後には自分を守るものなのでしょう。自分の気に入る返事が出るまでさらに父を問い詰めることもできたかもしれませんが、それには意味はないと考えていました。

どうすればよかったか?

藤野 知明

文藝春秋

2026年1月29日 発売

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