アメリカ国民の感情を「逆なで」した買収劇
ちなみに、当時設立されたUSスチールがあの時代、いかに前例のない超巨大企業であったか。調べたところによると、設立時の資本金はなんと14億ドル。これって、当時のアメリカのGDPの約2%に相当します。それでもピンとこない人には、今の日本のGDPが約600兆円だとして、その2%ですから資本金が12兆円ということですよ。すごくないですか?
ちなみに、世界初の「時価総額10億ドル超企業」としても有名で、近代的な株式会社のモデルをつくったとも言われています。そういう企業ですから、やはりアメリカ人にとってもこのUSスチールというのはアメリカンドリームを象徴したような、アメリカの建国の精神にもつながる、スピリッツそのものなんですよね。
そういう会社が、日本が好きとか嫌いとかいう話ではなく、「外国に買収される」というのは、やはりアメリカ人にとっての感情的な「残念感」はよくわかりますよね。だから、本音はやはり「自力再建したいし、してほしい」というところだったと思います。
ところが中国企業が台頭し、安い鉄鋼が世界に流通し始めた。結果的にこの20年前後で経営体力が急激に奪われてしまった。ただ、これは本当に皮肉な話でしてね、アメリカは1970年代からグローバリゼーション、つまり人・物・金が世界で自由に行き来できることがなによりもすばらしいんだ、という強烈な価値観とアメリカ繁栄のための国家戦略を世界中に押しつけたわけです。
そして2000年代に入って、中国がこの価値観を体現するWTOに加盟した。そこから中国は、安い労働力と中国共産党による桁違いの国策補助金によって、世界中に倣って様々な技術を習得し、虎視眈々と好機を狙い、世界の工場としての地位を確立しました。結局今や、中国が製造する安い鉄鋼のおかげで、世界中の鉄鋼メーカーが苦戦しているという状況です。
これをなんとか打破しなければならない。そのためには日米で共闘するしかないと、日本製鉄がUSスチールを買収するという流れになったわけです。ところが、そうしたことは頭では理解できても、アメリカ国民の感情的にはとても受け入れられない。でも、知恵が出るもんですね。
橋本会長は「黄金株をアメリカ政府に持たせる」という、超ウルトラCでこの事態の打開に向けて踏み出したのです。これは日本の産業史に残る歴史的な事例です。



