生涯で60人以上を殺害した可能性も…
彼がいつごろから殺人に手を染めるようになったのか定かではないが、後に本人が語ったところによれば、1957年に女性を誘拐、木に縛りつけて拷問を加えた挙げ句に殺害したという。
その真偽はともかく、デイビッドが表向き真面目な公園管理人として働きながら、裏で拷問殺人を積み重ねていたのは確かなようだ。
後に共犯者となるシンディと出会うのは1997年。当時、彼女は窃盗と麻薬容疑で有罪判決を受け逃走中の身だったが、デイビッドと恋仲になり、以降、生活を共にする。もっとも、そのころのデイビッドははるか昔に購入したトレーラーハウスを10万ドルかけて改造、防音が施された拷問部屋を作り女性をいたぶり続けていた。
手口はこうだ。誘拐した女性に手錠をはめ、医療用の椅子に拘束した後、カセットデッキのスイッチを押す。と、流れてくるのは録音されたデイビッドの声だ。
「今日から数日間、僕が君のご主人さまだ。最初に言っておくが、この『おもちゃ箱』の中では、僕から話しかけたとき以外、決して声を出してはいけない。もし、その決まりを破れば、君はもう二度と家族に会えなくなるだろう」
テープがこれから女性が受ける具体的な拷問メニューを説明し終え、被害者の表情が絶望に変わると、デイビッドはビデオカメラの撮影ボタンを押し、凄惨な拷問を開始。
数日間、楽しんだ後は記憶を曖昧にする麻酔薬を女性に飲ませ、そのまま路上に放置したり、時に感情が高ぶるとメスや鋸を使い容赦なく殺害した。犠牲者の数は定かではないが、シンディが犯行を手助けし始めてから少なくとも8人、生涯で60人以上を殺害したと推定されている。
シンディによれば、犠牲者はバラバラに解体され、エレファントビュート湖や近くの渓谷に捨てられたというが、後にFBIが100人態勢で捜索したにもかかわらず、遺体はこれまで一体たりとも発見されていない。また、デイビッドが付けていた日記には犠牲者一人一人にどんな拷問を与えたか詳しく書かれていたものの、殺害や遺体の投棄場所については一切の記述がなかった。
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