「楽しく変態できる場所をつくりたくなった」

 結果、革新的なアイデアで大繁盛したとはいえ、選ばれし変態たちが集まるコミュニティをつくるという当初のコンセプトから外れていくグランブルーから、次第に川口の心は離れていった。さらに川口が連れてきた単独女性が中出しされた上にそのフォローもなく、「女性はタダで飲み食いさせてやってるんだからリスクがあって然るべし」と一蹴されれば、もうここは自分たち変態の居場所じゃない。

「だからカップルでも単独男女でも嫌な思いをせず、楽しく変態できる場所をつくりたくなったんです」(川口)

写真はイメージ ©getty

 川口が理想を求めてピュアティを始動させるのは、欧州に新通貨ユーロが誕生したあとの1999年10月だ。コンセプトは決まった。でも、変態を集めるにはどうしよう。それには同伴喫茶でもカップル喫茶でもない、新たなキャッチコピーが必要だろう。当時はハプニングバーという言葉はもちろん、その概念すらない。

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「21世紀型のアダルトバー」。悩んだ末、とにかくグランブルーと差別化するべくそんな意味深なコピーを添えて日刊ゲンダイ紙に三行広告を打つところからはじめた。

 反響はデカく、全国から変態たちが集まるようになった。露出趣味を持つ男女が全裸になるなど日常茶飯事だ。ある日、ひとりの客が冗談まじりに言った。

「どうせなら入れちゃいなよ」

 すると男女がノリで一線を超えた。

 川口にとってそれは、偶然で突発的な出来事に違いなかった。周囲も「こんなハプニングもあるんだね」と囃し立てた。かくして「21世紀型のアダルトバー」は「ハプニングバー」へと昇華する。はじまりは「まさしく“ハプニング”だった」と川口は話す。

次の記事に続く だから「ハプバー」は“出会い目的の場”に変質した…「真の変態からしたら迷惑」老舗ハプバー経営者たちが漏らす「大手資本参入の弊害」

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