かつては白衣の女性が垢すりをするだけの“健全なマッサージ店”だった――。それがなぜ、客と従業員の「自由恋愛」を建前にした、いまのソープランドへと変貌したのか。

 戦後日本の風俗史をひもとくと、そこには制度の隙間と、時代の欲望が生んだ意外な出発点があった。ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の新刊『ルポ 風俗の誕生』(清談社Publico)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

写真はイメージ ©getty

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ソープランドの前身「トルコ風呂」

 性交のための「場所の提供」は行っていない。性交は従業員と客が「自由恋愛」の末に至ったにすぎない。いま日本全国で約800軒あるとされているソープランドは、こうした建前のもとに営業されている。そのはじまりはいつか。

 ソープランドの歴史をさかのぼれば、1951年に産声を上げたトルコ風呂に辿りつく。

 1号店は東京・東銀座の「東京温泉」。そして翌年、福岡・中洲「博多温泉トルコ」、東京・浅草「新世界」、北海道・札幌「ススキノトルコセンター」と続く。

 ちなみに、黎明期のトルコ風呂のサービスは、ボックス式の個人用スチームバスで汗をかいたあと、「ミス・トルコ」と呼ばれたスチームバス補助員の女性が白衣で垢すりやマッサージを施すだけだ。性的サービスがはじまったのはあとのことで、当初は健全なマッサージ店だった。

 1953年、「オスペ」と呼ばれるハンドサービスがはじまる。