1975年ごろ、即尺やベッドプレイ(本番)がはじまる。いまや本番行為があるなど当たり前の感があるなか、少し意外だったが、性交が自由恋愛の果てであることを既成事実化させるため、警察OBを業界に取り込むことで本番容認を勝ち得るのだ。
トルコ風呂の語源を調べると、それは中東地域の伝統的な公衆浴場「ハマム」と、上海の「土耳古風呂」があることがわかった。前者は、中東地域のなかでも大国であったトルコの名前が転じた説だ。
後者の説は、東京温泉の創始者が中国・上海からの引き揚げ者だったことから来ている。横光利一の小説『上海』(1932年/改造社、のち講談社文芸文庫)には、上海の「トルコ風呂」で働く「湯女」が、客の垢を流し髪を洗うサービスをする湯女からもっと惨めな境遇に落ちていく様が描かれている。
日本の湯女は江戸時代、垢すりや洗髪のサービスから発展して売春もした。トルコの語源は、果たしてこのふたつのどちらになるのだろうか。
「トルコ風呂」に問題が生じた日
ともかく、ソープランドの前身の店群は、誕生前夜からトルコ風呂の名で一般化する。トルコ風呂は全国の好事家たちから支持され増殖した。当時、まだ問題は表れていない。
トルコ風呂にとある問題が生じたのは、1984年のことだ。
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