一方、城下町の面影がたもたれ、それゆえに八雲が深く愛した松江は、幸いにもその後、大きな災害に遭うことがなく、太平洋戦争の空襲も免れて今日に至っている。市内玉湯町の基地や列車が爆撃されはしたものの、都道府県庁所在地にしては珍しく、市街地は焼かれずに済んでいる。

結果として、慶長16年(1611)に完成した4重5階の松江城の天守も現存し、平成27年(2015)には国宝に指定された。日本の主要都市の大半が焼夷弾や原爆の投下を受け、古き良き町並みや貴重な文化財が失われたなか、松江は例外的に、町全体が貴重な歴史遺産として残された。いまでは松江は、日本として誇るべき財産であり、いまなお町自体に八雲の精神が息づいている。

ところが、そんな松江がいま、大きく変貌し、その価値が著しく毀損されようとしている。松江城の近くに、山上にそびえる天守の高さを約3メートル上回る、19階建て57.03メートルの高層マンションが建設中なのである。

ADVERTISEMENT

「マンションが景観を壊す」発想がなかった

これだけの歴史都市に、奇跡的に維持された歴史的景観を台無しにするマンションが忽然と建つことが許されることも、そもそもそんな計画が持ち上がることも、たとえばヨーロッパではありえない。歴史的街区においては、多くの自治体が文化的および都市計画的な側面から、建築工事を厳重に規制している。

一方、松江市においては、文化的な景観維持の観念も、都市計画的な視点も、皆無だったと思われる。

というのも、八雲の精神を継承するようにいいながら、松江市には景観を守るための基準が、「天守から見える東西南北の山の稜線の眺望を妨げない」というものしか存在しなかったのである。山の稜線を妨げなければいいのなら、市街地を高層マンションで埋め尽くしても、19階建て程度であればいい、ということになる。この基準の決定的な落ち度は、城下町からの展望という視点がゼロだったことにある。