「あんたの父親は、あんたがやったのではないかと疑っている。学園の職員たちもあんたを疑っている」
今から50年前に起きた冤罪事件。園児2人を水槽に落とし殺害したと疑われたのは、当時22歳の女性職員。無実にもかかわらず、彼女はなぜ逮捕されたのか? 新刊『世界で起きた恐怖の冤罪ミステリー35』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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消えた2人の園児
1974年(昭和49年)3月17日、兵庫県西宮市の北部、標高390メートルの甲山の西側に位置する知的障害児の収容施設「甲山学園」で、当時12歳の女児Mさんが行方不明になった。同学園には中・軽度障害児の青葉寮47人と重度障害児の若葉寮32人の計79人(6歳~24歳)が親元を離れ生活、30人の職員が生活指導や学校教育をしており、Mさんは青葉寮の園児だった。突然の失踪に職員や、通報を受けた警察らで園内外を捜索するも彼女はどこにもいない。
2日後の3月19日、今度は同じ青葉寮で暮らすSくん(同12歳)が姿を消す。そして、同日夜に事態は急展開を迎える。園内のトイレ浄化槽の中で2人の溺死体が発見されたのだ。実はMさんが行方不明になった際、捜索に導入された警察犬が浄化槽マンホールの上で異常な反応を示していた。が、園側、警察ともに彼女が外に出て行ったものと思い込んでおり、中を調べなかったことがわかっている。
職員たちは浄化槽付近が普段園児の遊び場になっていたことをよく知っており、園児2人が遊んでいる最中、誤って転落死したものと考えた。しかし、遺体が見つかった浄化槽には重さ約17キロのマンホールの蓋があり、発見時、その蓋が閉められていたことから、警察は園児の力で蓋の開け閉めは到底不可能、誰かが故意に園児2人を落とし殺害した後、蓋を閉めたものと推定。
