増田は5年目を迎えた頃から壁に当たっていた。2016年と2017年に新人王戦を連覇した後は、大きな結果は残していない。年間最高勝率や最多勝のレースに名を連ねることもなかった。
時代は増田を通り過ぎてしまったのだろうか。
「周りの棋士には、デビューして数年でタイトルに挑戦する人もいる。僕はそういうチャンスがまったくなかった。羨ましいという気持ちがなかったわけじゃない。ただ、運が回ってきてタイトルに挑戦できたとしても、その後に長期的に成功できなければ意味がないとも思っていた。
棋士にとっていい時期というのは、結局30歳くらいまでじゃないですか。何もしないで漫然と過ごしていれば、いずれ勝てなくなる。22、23歳くらいになるとリミットが近づいてくる焦りも生じた。その中で、自分はなるべくピークを遅くする、衰えを遅くする方向で考えていました」
久しぶりに会った増田は物静かな青年の面影を残していたが、眼差しに肝が据わったなと感じた。師匠への反発を見せていた頃を振り返って、「まだ僕が尖っていた頃でしたね」と笑った。そして、クールなイメージの下に隠された葛藤の日々を語り始めた。
内心では「自分はこのまま終わっていくのか」
何かがおかしいーー。
2018年、増田康宏20歳のときだ。最近、自分が指した手に小さなミスが隠れていることがよくある。致命的な失着ではないものの、明らかに読みの精度が落ちているのだ。
「自分の脳の機能が衰えていく感じがして、ショックだった」
10代は何もしなくても勝てると思っていた。もちろん研究はしていたが、奨励会からプロになった頃は、気持ちさえ入れば結果はついてきた。20代に入っても、それは変わらないはずだった。
劣化――。プロは1ミリ前進することの大変さと向き合うが、それ以上に衰えとの戦いでもあるという。
「それまで当たり前に指せていた手が、ちゃんと勉強を続けていないとすぐに見えなくなる。個人差はあると思うけど、僕がそれを感じたのは早かった」
増田の繊細な感性が、自身のわずかな変化を見逃さなかったのだろう。
「当然のことができなくなる怖さを感じて、このままじゃ絶対ダメだと思った。でも誰かに相談できることじゃない。一人で抱え込むのは辛かった」
解決策も見えず、結果の出ない期間が2年ほど続いた。メンタル面での不調も影響し、成績は下降を辿った。将棋も以前の輝きを失う。それでも棋士からの増田の才能への信頼は続いた。非公式戦のABEMAトーナメントのドラフト会議では常に上位指名され、3度のチーム優勝に貢献する。だが内心では「自分はこのまま終わっていくのか」という不安と向き合っていた。



