ヤンキーはよそ者を嫌う。それは自分の取り分が減るからだ。家庭が安全ではなく、教育の機会にも恵まれず、また反抗的な態度ゆえ福祉からもこぼれ落ちる彼ら彼女らは、目の前の生活を守るため独自の文化圏を構築している。
私は10代を東京都練馬区のヤンキーとして過ごしてきた。言語、貨幣制度、法さえも、先輩から受け継がれる独自の流儀に倣い、自らの取り分を確保する。取り分とは、カネであり恋人であり、居場所であり仕事であり、彼ら彼女らなりの誇りでもある。限られた取り分をめぐって奪い奪われる厳格で強固な上下関係を築く狭い文化圏に、よそ者の入る隙はなく、一般社会から乖離していく。
ヤンキーを“卒業”した私は、40代になったいまでも、この乖離に戸惑うことがある。しかし、それを言葉にするのは難しい。言語も違い、さらに語彙力の乏しいヤンキーたちのことを理解し尊重したうえで記述するのは困難だ。搾取にもつながりかねない。
だからこそ、社会学者、打越正行の仕事は驚愕であり心から尊敬する。本書は2024年末に急逝した打越の遺稿を、4人の学者の解説とともにまとめたものだ。沖縄のヤンキーの男たちを調査研究するため、パシリになり参与観察をし、その期間は20年近くにも及ぶ。地元に巻き込まれなければ知ることができない奥部独自のリアリティから、打越は切実な社会学理論を展開していく。パシリ論、沖縄社会論、暴力論の3部からなり、各解説が理論を補強する。
打越はないちゃー(沖縄を除いた日本を表す「内地」の人、の意)だ。沖縄という場所に日本が押し付けてきたものは間違いなく大きい。「ないちゃーと俺たち」という構図が、差別されてきた沖縄の側には確かにある。さらにヤンキーはよそ者を嫌う。しかも沖縄の取り分は内地より少ない。
そして、これが内地との大きな違いだと思うが、沖縄のヤンキーの男たちには“卒業”がない。中学頃から暴走族の先輩のパシリとなり上下関係を築くことが、そのまま沖縄の数少ない雇用である建設業で働くことにつながるからだ。内地のヤンキーには製造業その他、マニュアルに沿って技能を習得し地元を離れるライフコースがある。だが沖縄の建設現場は先輩の好みや癖で回っており、それらを覚え関係を作り仕事に呼んでもらうこと、つまり、地元の過酷なしがらみだけが自分の生活を守る資源となる。そうやって生きている男たちの「仲間」に打越はなった。権威的なものから踏み潰されてきたヤンキーたちが嫌う「学者」でありながら。
奪われてきた者の口は堅い。何も差し出さないよそ者の学者にほんとうのことなど決して語らない。打越は喜んで自分の人生を捧げたのである。こんなにもまっすぐな社会学者の遺した文章に、多くの人が巻き込まれていってほしい。
うちこしまさゆき/1979年生まれ。社会学者。広島と沖縄で、暴走族・ヤンキーの若者を対象とした参与観察調査を続けた。著書『ヤンキーと地元』、共著『最強の社会調査入門』など。2024年12月、病のため逝去。
いしだつきみ/1983年生まれ、東京育ち。物書き。著書に『ウツ婚!!』『まだ、うまく眠れない』。共著『好きで一緒になったから』他。
