「歴史が証明してくれる」

 猪木が次々に面会した「赤い貴族」たちの頂点にいたのが、金正日の義弟で、ナンバー2と言われた張成沢だった。北朝鮮は98年、力道山の娘婿の朴明哲を体育相に起用した。朴は張成沢の側近としても知られていた。2011年末に最高指導者になった金正恩はスポーツ振興に力を入れ、12年11月、スポーツ政策を統括する「国家体育指導委員会」を新設し、委員長に張成沢を起用した。その関係で、猪木と張成沢は急接近した。

 猪木が最後に張に面会したのが13年11月6日だった。関係者によれば、張の様子は普段と全く異なっていた。普段は柔和な表情を崩さない張だったが、このときは、全くやる気のない表情で、発言も投げやりだったという。猪木が「日本では、みなが私に、訪朝するなと言ってくる」とぼやくと、張はこう返したという。「(どちらが正しいかは)歴史が証明してくれる」。

死刑判決を受けて、即日処刑

 当時、「張成沢が9月28日に逮捕された」という未確認情報が流れ、日米韓の情報機関は確認に躍起になったが、張の携帯電話は生きていた。さらに、猪木が面会したため、「張逮捕はディスインフォメーションではないか」という話になっていた。

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 だが、猪木との面会から1カ月後の12月8日、朝鮮労働党政治局拡大会議は、張を全ての役職から解任、党から除名。同月12日、張は死刑判決を受けて、即日処刑された。

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 張の処刑後、ある政府機関当局者は「張が猪木に面会したのは、逮捕説を打ち消し、張の側近らの逃亡を防ぐ目的があったようだ。猪木は有名人だから、彼と会えば必ず外電が飛びつく。関係政府も、海外に駐在する張の側近も安心しただろう」と語っていた

 実際、張の解任が発表される前に、張の姉の夫である全英鎮駐キューバ大使と、張の甥の張勇哲駐マレーシア大使らが北朝鮮に召還された。別の政府当局者は、張が猪木に語った言葉について「我が身の行く末を暗喩していたのかもしれない」と語っていた。