猪木は「スポーツ外交」を実践したが…

 猪木は張の処刑後も訪朝を続けた。14年1月に訪朝した際には、金正恩の肝いりで完成したばかりの馬息嶺スキー場に招待された。北朝鮮側は「初めて滑ってもらう日本人です。ぜひご覧に入れたい」と語っていたが、到着すると北朝鮮メディアの取材に遭遇した。結果的に、正恩の政策をアピールするダシにされた。

 一方、16年9月の訪朝後の記者会見で、猪木は訪朝の意味について「スポーツ交流、人の流れを絶やさないということ。今後、政府がどう動くかだ」と語り、自ら唱えた「スポーツ外交」の意義を強調した。北朝鮮関係筋の一人はこう語った。「北朝鮮は猪木に日朝関係改善の密使役を期待していたわけではない。ただ、日本の人気者で世論工作に便利だと考えただけだ。でも、猪木も訪朝するたびに記者に囲まれたし、自ら唱えた理念を実践する場も得た。猪木と北朝鮮は、お互いに相手を利用したということだろう」

 猪木は「スポーツ外交」を実践したが、北朝鮮は世論工作のために猪木を利用しただけだった。

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