「覚醒剤」が抗生剤代わりの万能薬として使われ、腹痛を起こせば「アヘン」が処方される――。
北朝鮮において、国家主導で日本などへ密輸し、外貨を稼ぐ手段だった違法ドラッグが自国民を蝕むようになっている。なぜ、国民は薬物に手を染めるのか。
朝日新聞編集委員などを務めた牧野愛博氏による『金正恩 崖っぷちの独裁』(文春新書)の一部を抜粋し、金正恩体制がひた隠す“地上の楽園”の惨状に迫る。
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麻薬の経験者は住民の7割
北朝鮮市民にとって、麻薬は「欠かせない常備薬」という性格が色濃いという。脱北者は「住民の7割は麻薬の経験者」「自分も使った」と口をそろえる。
北朝鮮は21年7月1日、麻薬の取り締まりを強化し、従来の刑法に加え、特別法を設けた。従来、刑法206条から208条で、麻薬の製造や使用、密輸などを罰してきた。使用では5年以下の労働鍛錬刑が科されるほか、製造と密輸の最高刑は死刑とされている。最高でも無期懲役刑とする日本の覚醒剤取締法に比べれば軽くない刑罰だ。
規制強化の背景に深刻な麻薬・覚醒剤汚染がある。韓国統一研究院の「北韓(北朝鮮)人権白書2020」は、「(北朝鮮で覚醒剤を意味する)ピンドゥが抗生剤として使われ、70~80%の人々が使っている」とする16年8月に両江道恵山から逃れた脱北者の証言を紹介した。
また、アヘンも広く使われているようだ。数年前に訪朝した専門家は、滞在中に腹痛を起こした。鎮痛剤として渡された紙包みに「アヘン」と書かれていた。別の脱北者によれば、アヘンや覚醒剤を自殺用として所持している高齢者も多い。
麻薬・覚醒剤による汚染は、2000年ごろから深刻な問題になっているという。その背景には、劣悪な医療環境がある。「北韓人権白書2020」によれば、北朝鮮の最小行政単位の洞(トン)や里ごとに設置されている診療所は、設備や薬剤不足でほとんど機能していない。両江道普天郡の総合診療所に勤務した経験をもつ脱北者によれば、診療所には医師5人と准医師1人がいたが、設備不足で入院患者も受け入れられなかった。
比較的、設備が整った病院で治療が受けられても、薬や入院費用は患者が全額負担する。19年に脱北した市民によれば、MRI(磁気共鳴画像)と腹部超音波の検査に各20ドル、X線撮影に3ドル、問診に2ドルをそれぞれ支払う必要があったという。
