一般市民の手が届かない薬品

 また、脱北した元医師の話によれば、金正恩は薬品を自由に売ることを禁じている。国が許可した薬局だけが薬を販売できるが、どの薬も一般市民の手が届かないほど高価だという。もちろん、ワクチンもない。15年から16年にかけ、北朝鮮で大規模なコレラの流行があったが、北朝鮮では報道されず、患者数も共有されなかったという。

 韓国政府関係者によれば、16年まで操業していた開城工業団地には韓国の診療所と北朝鮮の診療所が隣接してあった。韓国側の施設には色々な薬品がそろい、簡単な手術もできた。よく、北朝鮮の人間がこっそりやってきて、抗生剤などを分けてほしいと頼んできたという。

 21年には必須薬品の品薄状況が発生した。韓国の国家情報院が韓国の国会に報告した内容によれば、20年9月、北朝鮮の南興青年化学工場が爆発する事故があった。限られた設備と資源にも関わらず、無理に工場を稼働させた結果の事故だったが、国家情報院は「消毒薬が不足し、腸チフスなどの伝染病が拡散している」と報告した。

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写真はイメージ ©︎GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

アヘンや覚醒剤なら比較的安価

 このような医療事情に対し、アヘンや覚醒剤は比較的安価に手に入る。脱北者の証言によって様々だが、覚醒剤1グラムあたりの末端価格が20ドル(約3000円)前後という。日本での同6万4千円(警察庁の2020年調査)よりもかなり安い。北朝鮮では約3回分の使用量にあたる0.1グラム単位で取引されることが多い。2ドルはコメ4キロほどに相当し、覚醒剤や麻薬の乱用で経済的に破滅する人も少なくないという。

 北朝鮮で比較的、安価な覚醒剤が作られるようになった背景には、国家ぐるみでの麻薬密輸犯罪の歴史がある。日本では1990年代から2000年代初めにかけて、北朝鮮から密輸されたとみられる覚醒剤の取り締まり件数が激増。07年度の警察白書などによれば、1997年から2002年にかけての覚醒剤大量押収事件で、総押収量の約4割を北朝鮮からのものが占めていた。1回あたりの押収量は数十キロから500キロ以上に上った。純度が高く、包装も比較的整っていた。

 01年12月に奄美沖で沈没した北朝鮮工作船は、1998年に高知県沖で起きた覚醒剤密輸入事件で使われた船舶と一致した。こうしたことから警察当局は「覚醒剤の密輸に北朝鮮当局の関与が認められる」と結論づけた。

 ただし、北朝鮮から日本に向けた大量の覚醒剤密輸事件は、02年に鳥取県沖で起きた事件を最後にほぼ途絶えた。当時の捜査関係者は「02年には日朝平壌宣言も発表された。政治的にまずいという判断や、製造した覚醒剤を一度に大量に失うリスクなどを考えて、日本への大量密輸を断念したのではないか」と語る。