本書の後半に、ある女性が仕事関係者に酔わされレイプされたことを訴えたエピソードが登場する。すると相手は知り合いの政府関係者を通じて、すでに執行目前だった逮捕状を握り潰させたという、現実に起きた事件を想起させる話だ。逮捕の執行を止めた責任者に向かって登場人物が問う。

「コロシだったら、逮捕状の執行を中止しましたか」

 すべてはこの一言に集約される。魂の殺人とも呼ばれ、その傷を家族も含めてずっと抱えていくことになる性犯罪が、なぜこうも軽視されるのか。この社会を性犯罪と二次加害の温床にしてしまった本当の意味での真犯人は誰なのか。

ADVERTISEMENT

 その答えが本書にはある。

「魂の殺人」なのに軽視される性犯罪

 と、ここまでどうしても女性目線での文章になってしまったが、本書は男性にこそ読んでほしい物語だ。特に、レイプなんてとんでもない、女性差別などまったくしていないと思っているあなたに。本書には思い込みによる無意識の差別が山のように登場するし、レイプ犯の中にも濃淡がある。それらを読んで、「これは許されるのでは」「これは仕方ない」と感じる場面があれば、本当にそうなのか立ち止まって考えてみていただきたい。

©アフロ

 いや、本書を味わうのに男女の別は関係ないと言った方がいいかもしれない。この小説が極めてデリケートかつ重大な社会問題を扱っていることは論を俟たないが、同時に警察小説としても一級品なのだ。バディを組むふたりがそれぞれの問題に対峙し、事件の中で成長していく姿はとても読み応えがあるし、組織の問題も十全に描かれる。鞍岡と志波はもちろん、上から下まで警察官が皆個性的かつ肉厚で、その顔や言動が眼に浮かぶほどだ。警察小説ファンには自信を持ってお薦めできる。また、ミステリとしても凝った仕掛けが施されている。真相に対して、もしもあなたがあることを一度も疑わなかったとしたら、それは性別を問わず、旧来の不可視の罠にはまっている証拠かもしれない。この真相は、ある意味、読者への試金石と言えるだろう。

 一朝一夕には社会は変わらない。前述の「現実の事件」のように、あるいは職場で、家庭で、その実例を私たちは何度も見せつけられている。それでも今は言葉が生まれた。概念が生まれた。きっと変わるはずだ。「元気があるから」という言葉はもちろん赦されないが、それでも炎上したこと自体を私は頼もしく感じた。偉い人がそう言えば「そうですね」と追従笑いをし、被害などなかったことにされた時代を知っているから。それは違うと声を上げるようになった、本書のような小説が男性作家によって書かれる時代になった、それこそ変わってきている証左だと、嬉しく思うのだ。

 もちろんまだ満足には程遠い。だが古い世代が去り、生まれた時からこれらの言葉と概念がある社会に育った世代が大人になったとき、きっと今よりいい時代に──いや、当たり前の時代になっているはずだと、「ご主人」や「未亡人」で悩まなくていい時代がくるはずだと、願わずにはいられない。そのために今、私たちができることは何なのかを考えさせてくれる。本書『ジェンダー・クライム』は、そんな未来に向けた物語なのである。

次のページ 写真ページはこちら