「転勤」で得られるものは少ない
私がいろいろな企業から話を聞いてみたところ、どうしても必要だと考えて転勤を行なっている企業は少なく、現在のように大規模な転勤が適正だと考えている企業はひとつもありませんでした。
転勤は、日本独自の習慣です。終身雇用を守る代わりに、企業の人事権を幅広く認めてきたという背景があります。職務内容や労働時間や給料と同じように、社員の勤務地を決めるのは企業の権利というわけです。高度成長で各企業が事業を拡大していた時期には、それなりの必然性もありました。
ところがいまでは、むしろ弊害が指摘されるようになっています。正社員を「転勤が可能な人」と位置付け、転勤する可能性があるから高い給料を払うと決めた結果、転勤の制度は止められなくなりました。正社員の中にも転勤回数の差が出てくれば不公平が生じるため、必要のない転勤も止められなくなりました。人事は玉突きですから、一人を動かせば大勢が動くことになります。
転勤を経験した社員は、どう感じているのでしょうか。「異動・転勤によって得られたもの」を尋ねた調査では、「いろいろな人材と仕事をする能力の獲得」「幅広い人脈の構築」「変化への適応力の獲得」などすべての質問項目において、転勤は異動を下回る結果が出ています。
企業にとっても「コスト」になっている
引っ越し代や社宅の用意、単身赴任手当や帰省旅費など、会社が負担するコストもばかになりません。人事担当者に「このままではいけない」という自覚があっても、習慣になっているために廃止できません。加えて「転勤は悪いもんじゃないよ」と若かりし頃を懐かしむ経営幹部も多いからです。転勤肯定派あるいは容認派が会社の上層部にいることが、転勤がなくならない大きな理由だと私は感じています。
「何から手を付ければいいでしょうか」と人事担当者に訊かれたときは、「必要不可欠な転勤は何か、から絞り込んでください」と答えています。現場が移っていく土木や建設、どうしてもその国へ赴任しなければならない商社など、必要不可欠な転勤もありますが、そうではない転勤がいかに多いか、精査すれば気が付きます。
転勤のルールを明文化していない企業が、4分の3を占めることも問題です。転勤する期間がわからないケースが半数を超え、行き先もタイミングも教えてもらえないのでは、社員の側は、いつ結婚し、いつ子どもをもうけ、いつどこに家を買うか、といった人生設計を立てることができません。さらに、本人の意向を無視して下される突然の転勤命令は、会社の内外ともに培ってきた人間関係を断ち切ってしまいます。
転勤制度をこのまま続けることには、何のメリットもないのです。
※〈転勤の多い企業は、女性と新卒の人材を逃している〉に続く
取材・文=石井謙一郎
(写真=深野未季/文藝春秋)