藤井はとんでもない勝負手を用意していた

 流石にこの角打ちが刺さっては藤井も厳しいか。だが島は「藤井さんはここからは間違えないでしょう。一番難しい局面に持ち込むはず。勝ち切るのは大変ですよ」と予想する。

 その予想通り、いや予想を超えて、藤井はとんでもない勝負手を用意していた。なんと取れるはずの飛車を取らず、逆に成らせたのだ。飛車を取ると、先手玉の右辺を狭めていると金が永瀬玉から離れてしまう。自玉が危険になっても、寄せ合いに勝機を求めたほうが良いという判断だ。調べてみると、これが実に難しい。島がつぶやいた。

「奥行きのある終盤戦が続いていますね。飛車を成らせてくれたなら、諦めてくれたのかなとも思いますが、そうではなかったんですね……」

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山口裕誠三段(左)と立会人の島朗九段

 永瀬は飛車を成り込み、後手陣ラインを守っていた銀を取る。ここで藤井が最後の長考に入った。奨励会員の2人が熱心に検討し、凄い勝負手を発見する。先手陣深く、金取りに桂を打つ攻めの手だ。

 一見、寄せ合いで先に藤井玉のほうが詰みそうだが、これがなかなか捕まらない。皆で詰みを読むが、結論が出ない。藤井の長考は永遠のように感じられた。

 やがて藤井が選んだ手は、自陣に入ってきた銀を取り返す手だった。

 控室に声にならないため息が漏れる。藤井が選択しなかったということは、「あの順は負け」なのだ。それは間違いない。だが、その手順がわからない。

盤上から“唯一の頼み”が消えてしまい…

 藤井は受けに回ってチャンスを待ったが、ここからは永瀬の本領発揮だった。馬を引き付け、銀を金にぶつけて打ったのが好手だった。

「めちゃくちゃいい手ですね」と歓声が上がる。これぞ奨励会員たちが憧れる「負けない将棋」だ。

 藤井が六段目まで金を進出させてから実に41手。ずっと重圧に耐え続け、ようやくその金が盤上から消えた。同時に藤井の勝ち筋も消えた。

 午後6時13分、91手にて永瀬勝ち。

永瀬が91手で勝利を収めた

 島が「いやあ、長くて楽しい物語でした。若い子たちと検討できて本当に楽しかったです」としみじみ語り、私も深くうなずいた。

 藤井が七番勝負の開幕3局で1勝2敗となるのは、これが初めてのことだ。

 局後のインタビューで、永瀬は51手目に少考で指した金上がりについて「はい、指してみようと思っていました」とはっきり述べた。やはり、研究の範疇だったのだ。

 藤井は「形勢判断が甘く、チャンスの少ない将棋になってしまった」と反省を口にした。その後、大盤解説会場の「たましんRISURUホール」壇上でも、藤井は「際どいところを見切られてしまった」と語っていた。