「昔は良かった」と懐かしむだけでは、取り戻せない“情熱”がある

 彼らは蓋をした記憶をこじ開けるため、かつての知人たちを訪ね歩いていく。

 記憶は時に自分の都合のいいように書き換えられ、美化された“物語”を作ってしまう。

 たとえば、キンポーは不良グループにイジメられていたが、カンフーで撃退した武勇伝として記憶していた。だが、実際は一度反撃したものの、怒りを買ってその後何度となく殴られていた。

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“ビーバップ”を彷彿とさせる不良グループ 『ラムネモンキー』公式Xより

 そのグループのリーダー・佃は更生して、老人介護施設の代表となっていた。

「若い頃は散々ヤンチャをしまして」「でも、人生はやり直せる」と。

 謝罪する佃に対し、キンポーはこう返答する。

「さぞ、気持ちいいでしょうね。勝手に更生して、昔の悪事をヤンチャと言い換えて、セピア色の思い出にするのは」「昔は悪かったけど、愛する人と出会って真面目になった? 人に尽くす喜びを知った。みんなそんな“物語”が大好きだ。けど、傷つけられた人はどうなるんですか?」

 だが、キンポー自身もまた、マンガ家の夢を諦めた理由を「家族のため」という美しい犠牲の物語にすり替えていた。

 けれど、そうではなかった。

 自分には表現への「衝動」が欠けていたという残酷な事実があり、また、「カッコいい母のような理容師になりたい」と自ら選んだ道だった。もう夢は、別の形で叶っていたのだ。

1988年パートのキンポーを演じた内田煌音と、キンポーの母を演じた上野なつひ 『ラムネモンキー』公式Xより

 人は美しい物語を作らずにはいられない。「昔は良かった」と懐かしんでいれば、少しの間、現実のつらさを忘れさせてくれる。それも物語の力だろう。けれど、そのノスタルジーのベールを剥いだ時、何が見えてくるのか。

『ラムネモンキー』は、単なる昭和懐古ドラマではない。都合よく塗り替えられた過去の記憶を問い直し、その痛みと向き合うことで、もう一度「人生」に情熱を取り戻そうとする物語だ。

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