――最初のギャラを見た時、どう思いましたか?

コウメ 「額、高くない?」と思って。「あれっ」「おっ」と思って。「あ、売れたかも」と感じましたね。だって、バイトで月10万15万とかそんなですからね。「ゼロが違う」ってなったんですよ。

――何か買ったりしました? 

ADVERTISEMENT

コウメ いや、僕は食べ物に走りました。好きなものを食べたい。当時、お財布にいつも30万突っ込んで歩いてました。

ブレイク後、仕事がなくなってもコウメ太夫を続けた理由

――その状態はどれぐらい続きましたか? 

コウメ 2005年の10月あたりまでです。その頃から、出番が少なくなりました。「今週はちょっと休みで」って言われて、だんだん少なくなっていくんですよ。僕が出てたのは1年ちょっとじゃないですかね。そのあたりで出演が完全にストップしました。その時は悩みましたよね。「ちょっと違うキャラも見てください」って直接ディレクターさんのところに行ったり。マイケル・ジャクソンの格好で行ったら「いやー、マイコーりょうっていうのがいて」って言われて。もういるんだ……って。

――新たなキャラを生み出して状況を打開しようとした。

コウメ そうですね。それもまた言われるんですよ。下火になると、「違うキャラも試してみなさい」と。

――だんだんお仕事が少なくなっていく中で、プライベートでは離婚があったり。

コウメ そうですね。最終的に給料900円という月もありました。どうやったら900円になるの? いまだに分からないんですよね。あの900円が。

「チクショー!」 ©松本輝一/文藝春秋

――それでもコウメ太夫は続けてきたわけですよね。それはなぜ?

コウメ なんでなんだろうな。仕事がなくなったので、芸能界はこれでもう売れ終わったんだ、終了だ、とは思ってました。でも、一応貯金はあるから、別にバイトはしないで済む。暇だけど、子育てがある。そんな感じで続けちゃってるんですよね。何でしょうね。続けていいから続けているという感じですよね。いらねえって言われたらもう終わりかなと思うんですけど。そうじゃなくて、やってもいいという環境だったから続けたんじゃないですかね。こういう仕事自体が好きだというのもやっぱりありますよね。

写真=松本輝一/文藝春秋

次の記事に続く コウメ太夫は離婚後のワンオペ育児に「つらいけど癒された」…塾は「特進クラス」、思春期の息子と大ゲンカした“深いワケ”