実は芸能一家に生まれ、幼い頃から英才教育を受けてきたというコウメ太夫。しかし何人家庭教師をつけても、一向に勉強はできるようにはならず……。そして今、自身がシングルファザーとして子育てに向き合い、見えてきたたった一つのルールとは。お笑いブームが去り、仕事が激減しても、子どもだけはそこにいてくれた。コウメ太夫版“クレイマー、クレイマー”を訊く。(全3回の2回目/#3に続く)

コウメ太夫さん ©松本輝一/文藝春秋

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実は父親が芸能プロデューサー

――お父さまが芸能関係のお仕事をされていたんですよね。

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コウメ 親父は芸能プロデューサーだったんです。家にも芸能人が遊びに来るような環境でした。歌舞伎とかも見に連れて行かれて、僕も楽屋について行ったり、練習しているところも見ましたよ。

――芸人さんへの憧れはいつから? 

コウメ 僕、子どもの時から志村けんさんが大好きで、よく見ていて。見すぎて親にはいつも注意されていました。

――厳しい。でも、昔、テレビでお笑いを見ているとバカになる、みたいなことが普通に言われてましたよね。

コウメ でも、結局見ちゃうんですよ。面白いから。小っちゃい頃からユニークな子どもだなと学校の先生にはよく言われてました。教科書に載ってる文章を読んで感想文を書きなさいっていう宿題を出されても、僕は全然違う、親に見せられた歌舞伎の内容を事細かに書いて提出しちゃうような子なんですよ。で、ムチャクチャ怒られるっていうね。

――たしかにユニークです。

コウメ ただ、「これやってみようかな」って思うと止められなかった。

――どんな子どもだったと思いますか。

コウメ 目立っていたと思うな。いじられていたというか、なんていうのかな。親しんで人が寄ってきてくれましたね。明るいというか、ふざけてるというか。

――人を笑わせるのが好き。

コウメ はい。はしゃいでる、が合ってるかな。変な声でしゃべると「その感じでしゃべって」って友だちに求められて、うれしくなって。