命令系統を寸断すれば農民はもう戦えない

 戦闘に勝つのはどういうときかといえば、敵の命令系統をズタズタに寸断したときです。相手の部隊の統率がバラバラになるようにもっていけば勝ちである。通常の部隊では司令官から、「お前、こうやって戦え」と命令が来ます。その統率力があってこそ指揮命令系統が機能します。

 けれども基本的に農民たちは戦いたくない。隙あらば逃げてしまいたい。そう考えている人が多いから、命令系統が壊れてしまえば、農民はただ逃げ惑うばかりです。部隊は部隊としてまとまりがなくなるから、もう戦えない。闘争心を失った1人1人を鎮圧するのは時間の問題になる。

最も多くの死者が出るのは決着が着いてからの「追撃戦」

 最後に、戦国時代以降、主流となった総力戦では、どんな死に方が多かったのかについて付け加えておきます。

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 戦場で死ぬ最も多い理由は、鉄砲で撃たれること。2番目に多いのは弓矢で射かけられること。3番目は、馬に踏みつぶされることだと言われています。いかに斬り合いで死ぬ人が少ないかがここからも分かります。

 戦国時代の戦いを見ていると、死ぬ気で戦っていて、いまだに勝敗が定まらないときは、なかなか人は死なないようです。本気で相手をやっつけようとしているときには、そう簡単に人を殺すことはできません。

 ですから向き合ってバチバチ戦っているとき、それほど多くの死人は出ないものだと言われます。戦いの最中よりも、むしろ決着がついて、「やっつけたぞ! 根こそぎ殺してしまえ!」と、敗走する敵を後ろから斬りつける。そのとき大勢の死人が出る。これが追撃戦です。

 もっとも死者が出るのはこの追撃戦だと言われています。追いかける側が敵の首を取ることを「追い首」と言いますが、これは全然プラス査定をされなかったそうです。

 司馬遼太郎さんが書いていましたけれども、太平洋戦争のとき、一番快感を覚える(不謹慎な話ですが)のは追撃戦だそうです。そういう元兵士の言葉を紹介しているのを僕は読んだことがあります。

 相手が逃げ出したときは、自分が殺られる心配はないから、安心して後ろから撃ったり倒したり、一心不乱に追いかけて敵を殺す。無惨この上ないし、卑怯なような気もするけれど、それが戦いのリアルなのでしょうね。

写真はイメージ ©beauty_box/イメージマート

時代が変わっても「戦う主体は生身の人間」

 いずれにしても、このように時代ごとの戦いを分析することによって、日本における「戦いの歴史」がみえてきます。とりわけ総力戦が本格化し、世界史的にも近代以降の軍事のスタンダードとなる「数は力なり」の理屈を超えるものは、今のところないと言えます。

 AI(人工知能)の時代だ、ハイテク戦だと言われても、戦う主体が生身の人間であることを前提に、科学的でリアルな軍事史を構築していくべきだ、そこまで射程におさめた歴史を考えたいと僕は思っています。

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