40年前まで貨幣経済がほぼ存在しなかったフィリピン・カオハガン島。水道もガスも通っていないこの島に、2014年10月から住んでいるのが京都大学卒の女性、杉浦佑子さん(37)だ。

 いわゆる「高学歴」「エリート」でありながら、インフラが整っていない島へ移住したことについて「京都大学出身なのに、もったいない」と言われることもあるという杉浦さんに、国外生活を始めたきっかけなどを聞いた。(全3回の3回目/最初から読む

京都大学を卒業後、2014年にフィリピン・カオハガン島へ移住した杉浦佑子さん(右) 写真提供=本人、以下同

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栃木生まれ→京大に進学した女性が海外の島に移住したワケ

――栃木県で生まれ育った杉浦さんが、この島に移住するまでのお話を聞かせてください。小さい頃から、いつか海外に行きたいと考えていたのでしょうか?

杉浦佑子さん(以下、杉浦) 海外へ興味を持ったきっかけは、中学生の時に見た黒柳徹子さんのテレビ番組です。アフリカを訪問して現地の事情をレポートする内容でした。

 自分の意思ではどうにもできない環境のせいで、夢が叶わなかったり、幼くして命を落としてしまったりする子どもたちがいる。その事実がすごく衝撃的で、「何かできることはないか」と思い、将来は国際協力の道に進みたいと考えるようになりました。そこから、生まれ育った栃木県を出て、京都大学の農学部に進学しました。

 ただ、就職活動で躓いてしまって……。

――そうなんですね。

杉浦 同級生たちは、どんどん内定をもらっていく。なのに、私は進みたかった道どころか、どこにも全然決まらなかったんです。

 そもそも、就職活動の仕組み自体に違和感を持っていたんですよね。みんな同じスーツを着て、定型化された就活マニュアルを読み込んで、数十分の面接で「自分がどれだけ役に立つ人間か」をアピールする。それで、いったい私の何がわかるんだろうって。その考えが、面接官にも伝わっていたのかもしれません。

 私と同じように、就職活動のあり方に疑問を感じたことのある人もいると思います。でも、多くの人は自分の感情と現実のバランスをうまくとって、社会に適応して役割を見つけていく。それができない私は、どんどん取り残されて、誰の役にも立てないまま時間だけがすぎていくような感覚がありました。そんな時に、カオハガン島に行く機会ができたんです。