「京大を出たのにもったいない」と言われることも

――移住を決めたとき、周囲の反応はいかがでしたか。

杉浦 移住前に、大学の同窓会があったんです。私以外の同期はスーツを着こなしている中、当時無職だった私は南国風のラフな私服で参加して、それを見た1人が、「なんだかんだ、この中で杉浦さんが一番幸せそうだよね」と言ったんです。その他の友人たちも、特に驚いた様子もなく送り出してくれました。

 一方で、両親にはものすごく心配をかけたと思います。それでも私が決めたことに反対せず、見守ってくれて感謝しています。

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移住後、現地の男性と結婚。2人の子どもを出産した

――「京都大学出身」という経歴と、当時の選択について、周囲から何か言われることはありましたか。

杉浦 「京都大学出身なのに、学んだことを生かさないなんてもったいない」と言われることは、今も昔もあります。でも、私の中では学んだことを手放したとは思っていなくて。卒論で立てた「人はいかに豊かに生きるのか」という問いの答えを、今はこの島で暮らしながら探し続けているんです。いわば、大学で始めたフィールドワークを今も続けている感覚ですね。

10年以上の島生活で感じている「豊かさ」の正体

――カオハガン島は、徐々にインフラが整備されつつあるとはいえ、まだ「恵まれた環境」とは言いにくい状態です。島の人たち自身は、自分たちの暮らしをどう捉えているのでしょうか。

杉浦 島の人はよく「カオハガンは問題があるけど、心配はない」と言うんです。例えば、カオハガンには水道設備がないので、雨が降らないと近くの島まで生活用水を買いに行かなければなりません。日本と比べたら不便ですし、問題だらけの環境ですよね。

 だからこそ、久しぶりの雨にみんなで喜べる。自然の恵みに「ありがとう」という気持ちが湧いてくる。その感覚を持てること自体、恵まれているなと思うんです。先日、日本の学校で、カオハガン島の暮らしをお話しする機会をいただきました。子どもたちを前にして、私が一番伝えたいことは何だろうと考えた結果、出てきたのは「私たちはみんな生かされている」ということでした。

水道もガスもないが、カオハガン島の住民たちは十分に満ち足りているという

――みんな生かされている?

杉浦 カオハガン島には、日本で当たり前にあるものが当たり前にはありません。だからこそ、雨が降ること、海で魚が採れること、誰かがおかずを分けてくれること。自分の命を支えてくれているものの存在に、気づきやすいんです。こんなにも自分の意思と関係なく、私を「生かそう」としてくれるもので溢れているんだって。

 それは日本でも同じなんですよね。食べ物を作ってくれた人がいて、届けてくれた人がいて。たくさんの人に支えられて、私たちは生きている。ただ、その人たちの顔が見えにくいから、ふだんは気づきにくいだけで。

――移住から10年以上が経過した今、杉浦さんにとって「豊かさ」とは何でしょうか。

杉浦 自分にとって大切な人やこと、ものを、大切にしながら生きること、ですかね。そしてカオハガン島は、その自分にとってほんとうに大切な人やこと、ものに気づかせてくれる場所だと思っています。

最初から記事を読む 「ネットは1日1時間だけ」京都大学を卒業→水道もガスもない“海外の島”に移住した女性(37)の暮らしぶり

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