エンタメである以上、劇的な展開や結果に重きが置かれるのは当然のことです。しかし、そこには「なぜダメだったのか」という泥臭いコミュニケーションのプロセスが描かれることはほとんどありません。こうした「正解」を求める空気は、SNSを通じて「恋愛の攻略法」の質も変えていきました。
恋愛の攻略法自体は昔から雑誌などでも特集されてきました。しかし、かつての攻略法が「どうすれば意中の相手に好きになってもらえるか」という関係構築を説いていたのに対し、現代の攻略法は、「どうすれば最短ルートで正解にたどり着くか」といった効率的な選別に変わってしまいました。
さらに深刻なのは、演出された「極端な成功例」が、パブリックイメージを乗っ取り、誠実なマジョリティの評価さえも歪めてしまっている点です。番組での洗練された振る舞いがSNSで瞬時に「正解ムーブ」としてマニュアル化され、対話を通じて埋めていくはずの「不器用さ」や「ズレ」は、「ハズレ」や「地雷」とされてしまいます。
影響は婚活の現場でも表れています。お見合いや面談の場で、目の前の相手と向き合うのではなく、「ネットにこう書いてありました」と、SNSや攻略サイトの情報を持ち出すケースが増えているのです。「効率的に正解を見つけよう」とすればするほど、目の前の相手を見る力を失い、遠回りになってしまっています。
「特等席」でジャッジする若者が自分自身を苦しめている
私たちはいつから、他者の人生を「結果」だけで採点する審査員になってしまったのでしょうか。
画面越しに「誰かの人生」を見届け、特定の言動を「正解」「不正解」とジャッジする。ただその瞬間はエンタメとして受け取っているだけなのかもしれません。しかし、そこで気づかないうちに積み上げられた無数の「判定」は、いつの間にかネット上の強固な「普通」を作り上げています。
画面の中の可視化された成功例はネットのなかで正解を生み出し、私たちを常に「選ぶ側」の席に座らせようと誘惑します。