会社員のかたわら大好きな蝶の生態を探るため、世界の未踏の地を訪れてフィールドワークを行った破天荒な研究者・五十嵐邁(いがらしすぐる)氏は、数々の危険な目に遭遇してもなお、探検を続けた。インドネシアで搭乗した飛行機が墜落、筆者と日本から同行した広瀬盛衛氏の運命は……。『アゲハ蝶の白地図』(ヤマケイ文庫)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/後編に続く

『アゲハ蝶の白地図』(ヤマケイ文庫)

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3B席へ移った時、死神の手を…

 翌朝7時23分にスラバヤ空港を離陸したエレクトラは、難なくジャワ海を横断して、スラウェシ南端のマカッサル空港に降りた。そして11時23分、最終コースについた機は正しく機首を北々東、メナドの方に向けた。広瀬さんは3A(機首の位置)、私はずっと後方の12D(中央部)に座った。まもなく乗客係が3Bの席を空けてもらったから…と呼びにきた。しかし、私は隣の中国人のヨーさんと話がはずんでおり、もう少し話をしたかったので断った。ところが15分ばかりしたらまた機の乗客係が来て「前に席を用意したから来てほしい」と言う。ヨーさんとの話は佳境に入っていた。面倒だな、と思ってふたたび断ろうとしたが、ふと考えなおした。(この席は窓に遠くて地上を偵察できない。前へ行ってみよう)

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 私は上着を棚に置いたまま、カメラとお金の入ったボストンバッグだけを持って3B席へ移った。後から思えば、私はこの時、死神の手をすり抜けていたのである。

 濃い緑のジャングル、青々とした珊瑚礁の海、輝くような熱帯の積乱雲を見下しつつ機は進む。快翔だ。私は地図を膝に広げて機の進路や、通過時刻を記入し、地形を撮影していた。本当に楽しい旅だと思った。午後1時少し前、廊下のように細長いミナハサ半島が水平線上に現われた。

 そして機はいったん半島の北側海上へぬけるとゆるやかに半島にそってメナドに向かって高度を落としはじめた。私は目をこらして地形や樹林の様相を調べていた。まったく失望すべき樹相であった。栽培されたヤシの木ばかりが野にも山にも果てしなく続いている。(メナドは駄目だ。すぐ次の便でマカッサルに戻ろう)と思った。

 1時15分、機は半島の端部に到達した。見ると一群の暗雲がメナドの上空をおおっている。雨だ。なにかいやな気がした。私は冗談を言った。「ここまで来てまた引き返されちゃかないませんね。多少の怪我をしても強行着陸してくれないと…。」