「もしや火事…」右側の窓が真っ赤な火におおわれている
3分後、機は丘陵の間をぬって低く飛んでいた。いよいよ着陸だ。ぐんぐん下りはじめた。だが、見ると左の翼を下げたままだ。もう水平を取り戻さなくては危ないのに、と思った時である。地面がいきなり目の前に迫った。まったくあっというまもなかった。機は手荒く叩きつけられた。恐ろしい音がした。背後の便所や食器棚の柱と戸が音をたてて倒れてきた。器物のわれる音、女子供の泣き声が起こった。もしや火事…と思って反射的にふり向いた。右側の窓が真っ赤な火におおわれている。誰かが「火だ!」と叫ぶ。広瀬さんが素早く座席のベルトをほどいて走り出した。そして非常扉に向かって身をのり出し「コックを引け!」とどなった。しかし、そこに座っていたインドネシア人はなんの反応も示さずに、ぼんやり座ったままだ。一歩踏み出した広瀬さんがハンドルを引くと扉は難なく開いた。そのインドネシア人がまず飛び出す。つづいて広瀬さん。
そのころ機内はもう大混乱に陥っていた。胴体の中頃から発した火はあっというまに後方を包んでしまった。人々は追いつめられた野獣のように前へ走った。倒れた柱や扉の下をかいくぐって、額から血を流した人や洋服の破れた人が怒濤のように流れてきた。
子供は親を見失って、裂けるような声で叫んでいた。(なにをこれしきのことでさわぐのか)と思っていた私は立ち上がって叫んだ。「子供を先にしろ! 女を先にしろ! あわてるな!」だが効果のあろう筈がない。椅子に押しつけられて泣き叫ぶ子供をかばう姿勢をとった次の瞬間、私自身ももとの席に押し戻されていた。その間―いまにして思えば3分もかかっていなかったようだ―人々はことごとく脱出してしまった。操縦士もスチュワーデスも客に混じって逃げてしまっていた。
私はひとり機内に残された
私はひとり機内に残された。妙に静かであった。まるで、もう事故が片づいてしまったみたいな静けさがそこにあった。だが、床の下では刻々と火の燃え広がる音がしていた。プスプス、ボワン!などという不気味な音が続いている。私は墜落のショックで四散した地図、画板、万年筆、カメラなどを素早くボストンバッグに入れてチャックをひいた。ライターはどこへ行ったのか、どうしても見当らなかった。4本の如意棒を取り出そうとしたが、座席と機の間に食い込んで出せなかった。そこには誰かが持ち込んだカナリヤの籠があった。なにも知らない可憐な小鳥が、この危機の最中にあって無心に遊んでいるのが痛々しく目についた。
だがもうゆっくりしてはいられない。私は前へ走った。非常口はなぜか見落とした。
