――アキさんは、国内大手の航空会社でグランドスタッフをされていたんですよね。
アキ もともとは、佐伯市でクリニックの受付をしていたんです。そこを退職して、結婚して離島に行ったんですけど、現地での仕事のことは何も考えてなくて。
ある日、ケーブルテレビで「離島の空港職員募集」って流れているのを見て、応募したんです。それで離島の空港で働いたあと、別府市に引っ越して、今度は大分空港のグランドスタッフとして働きました。
「給料に不満はなかった」安定した生活を送りながら、仕事に抱いていた葛藤
――仕事を辞める前は、夫婦で安定した生活を送られていたのでは?
キンゴツ 給料に不満はなかったし、妻とふたりなら余裕で暮らしていけました。
でも、仕事に対する葛藤があったんですよね。私はずっと現場がいいと思ってたんですけど、人手不足でどんどん上に押し上げられてしまう。
ずっと主任というポジションだったのに、課長代理に役職が上がって、責任者的なポジションになっていくことに、抵抗感を覚えたんです。
――現場の仕事は好きだけど、管理職にはなりたくない、という葛藤があった。
キンゴツ 郵便配達の仕事にはすごく愛着があって、いい仕事だなと思ってたんですよ。でも、役職が上になると管理職寄りの仕事になってしまう。そのポジションがあまり好きではなかったですね。
――アキさんは仕事に対する悩みや不満などはありましたか。
アキ 仕事は楽しいし、仲間もいっぱいいるので、職場に行くこと自体は楽しかったです。でも、当時は不妊治療をしていたので、精神的に辛い時期だったのもありましたし、仕事と治療の両立が大変でした。
仕事をしながら不妊治療をした5年間のきつさ
――38歳から43歳までの5年間、仕事をしながら不妊治療をされていたんですよね。
アキ 通院回数がどうしても増えるので、勤務の調整が必要になってくるんですけど、上司から理解を得られないこともあったりして。結構きつい5年間でした。
キンゴツ 私は、仕事を辞めて不妊治療に専念すればいいんじゃないかと思っていたんです。それでちょっと、妻と言い争いをしたりもして。
――アキさんとしては、仕事を辞めたくなかった?
アキ 私が家計を管理していたので、私が仕事を辞めると家計的にちょっと辛くなるかもしれない、というのがわかったんですよね。
不妊治療を始めた頃は保険適用前だったから、費用が高くて。だから、不妊治療が終わるまでは仕事を頑張ろうと。

