内野手は小学生以来、それでも非凡な才能を発揮した
中学時代はずっとピッチャーだった。内野手経験は小学生時代にまでさかのぼることになる。それでも井端には非凡な才能があった。
「それまで、ショートなんて一度も習ったことがないので、完全な自己流で守っていました。それでも、3年生の《一番隊》の超高校級の先輩たちから、“お前、なかなかいいよ”とか言われて舞い上がった記憶がありますね。でも、僕としては何も教わってないんで、本当にこれでいいのか悪いのかもわからない状態で、ずっと自分の中ではモヤモヤしていましたね。とにかく、飛んできたボールを捕る。捕って投げる。ただそれだけしかないんですよね。“これで合ってるのかな?”って(笑)」
当時の井端について、洋平の見解を聞こう。
「体幹も強かったから、逆シングルで滑り込みながら捕る感じとか、“あれは真似できないな”って思って見ていました。グラブさばきも上手だったし、とにかく球際に強かった。難しいハーフバウンドも、ピッて捕ってヒュッて投げちゃう。すごかったですよ」
堀越高校入学早々にして、「ショート・井端弘和」はその才能を開花させようとしていた。
「どうして野村さんがショート転向を勧めたのか、ずっと不思議だった」
「どうしてあのとき、野村さんは僕にショート転向を勧めたのか、ずっと不思議だったんです……」
井端弘和が静かに切り出した。
「……僕が中日ドラゴンズに入団した頃、野村さんはヤクルトの監督でした。その後、阪神の監督時代も、交流戦で楽天と対戦するときも、何度もごあいさつには行ったけど、結局ずっとその理由を聞くことはなかったですね」
しみじみとつぶやいた後、何かを思い出したように井端は自身の携帯電話を取り出し、手慣れた操作で通話を始めた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
数分のやり取りを経て、「あぁ、そうでしたか。ありがとうございます」と言って、井端は通話を終えた。
「野村さんと仲がよかった新聞記者に電話しました。彼が事情を知っていると聞いたのを思い出したので……」
野村と交流のあった新聞記者の説明を井端が教えてくれた。
