「スケバン恐子」で一世を風靡した桜塚やっくんの元相方・竹内幸輔(2022年逝去)が、コンビ「あばれヌンチャク」解散の真相を告白。
「お前ら、あんまり舐めんなよ」とマネージャーに怒られ、決まっていた仕事をすべて失ったという衝撃の内幕とは——。お笑いコンビ飛石連休の藤井ペイジ氏の新刊『芸人廃業 ダウンタウンになれなかった者たちの航海と後悔』(鉄人社)のダイジェスト版よりお届けする。
「全仕事がキャンセル」になった理由
2000年代のお笑いブームを支えた番組『エンタの神様』で大ブレイクした桜塚やっくん。その相方として活動していた竹内幸輔が、コンビ「あばれヌンチャク」解散の真相を語った。
日本大学芸術学部の同級生だった2人は1999年にコンビを結成。幼児番組風コントで人気を博し、「爆笑オンエアバトル」でも好成績を残していた。しかし2005年4月、まだ仕事が「半年とか1年先ぐらいまで決まってる」状況で突然解散することになる。
きっかけは28歳の時、久しぶりに2人で居酒屋へ飲みに行ったこと。「もうすぐ30歳だよ。このままだと終わるぞ」と焦りを感じていた2人は、「この際だから、せーの!で言い合おうぜ」と将来の希望を語り合った。竹内は「声優」、やっくんは「ピン芸人」と答え、「だったら解散しようか」という流れになったという。
当時は「30歳までに売れなかったら辞めなきゃいけない」という芸人界の空気があった。2人は「あと1年間は続けて、金を貯めてから解散しよう」と計画解散を決意し、マネージャーに報告した。
しかし、その1週間後に事態は急変する。マネージャーから「スケジュール全部バラしといたから」と告げられたのだ。「お前ら、あんまり舐めんなよ。真剣にお笑いやってる人たちがいっぱいいるのに、1年後に辞めるって決めてるお前らを誰が応援するんだ」と叱責され、決まっていた仕事もすべてキャンセルされてしまった。
「こんなはずじゃなかった」
竹内は「あとになって考えれば、そうされて当たり前なんですけど、そのときの俺とやっくんは『あああ、こんなはずじゃなかったのに……』ってなっちゃいましたね」と振り返る。最後の仕事となったのは、収録直前でキャンセルできなかった「BS笑点」のネタ出演のみだった。
その後、竹内は声優として、やっくんはピン芸人として新たな道を歩むことになる。コンビ時代は「上と下」の関係で仲が悪かったという2人だが、「解散してからは、めっちゃ仲良くなりました」と竹内は明かしている。
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桜塚やっくんが亡くなったあとに起きた「あるトラブル」とは…本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
