パク・チャヌク監督はこんなにも天才だったのか
――では今回の映画で、何か新しい発見というのはありましたか?
イ・ビョンホン (少し考えてから)それはかなり時間が経ってから、わかることなんじゃないでしょうか。ただ、自分自身に関してはよくわからないけれど、パク・チャヌク監督については発見がありました。監督とはもう25年以上の付き合いで、すごく親しい兄弟のような間柄であり、僕はなんでも知っているように思っていたんです。けれどもこの作品でご一緒して、また完成した映画を観てみたら、こんなにも天才だったのか、と再発見しましたね。
――どういうところがパク・チャヌク監督の天才たる所以なのでしょう?
イ・ビョンホン 僕は韓国では、監督と本当にたくさんの会話を交わすことで知られている俳優なんです。なぜかと言えば、監督が意図していることを全て理解していないといけないと思うから。だって僕自身は、観客に監督の意図を伝える伝達者じゃないですか。要は間に立って表現をするのが仕事です。ところが、この映画を僕は8回観たんですけど、観るたびに新しい発見があったんですよ。
――8回もですか? すごいですね。
イ・ビョンホン だから本当に不思議な、面白い映画でした。僕自身、撮影中はこの作品について知り尽くしているような気持ちが少しあったんです。でも観るたびに初めて気づくことがあり、そのたびに監督に「ここは、こういう意味だったんですか?」と質問すると、「そうだよ」とおっしゃる。本当に毎回驚いたし、感嘆しましたね。
(編注)以下、ややネタバレのため映画鑑賞後にお読みください。
――マンスの計画は競争社会のメタファーですね。
イ・ビョンホン ここからは、完成した映画を観て僕が個人的に感じたことですが、マンスが就職のために排除していこうとするその相手は、マンス自身と似た部分のある人たちなんです。そして1人ずつ排除していくたび、マンスの魂の一部も排除されていく。そうやって全てが終わった時には、マンス自身の魂はほぼ無くなっている、と僕は感じました。


