常に暴力と隣り合わせにあった飯森の幼少期

 幼少期、飯森は両親と父方の祖母の4人で暮らしていた。だが、その生活は常に暴力と隣り合わせにあった。裁判で飯森はこう証言している。

「(父は)機嫌が悪いと、母や祖母をどついていました。母は顔面や体を手でどつかれ、足で蹴られ、外に出られないくらい暴力を振るわれていました」

 飯森自身も暴力にさらされていた。

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「真冬に母と2人、全裸でベランダに出され、水をかけられたことがありました」(同前)

 1992年、飯森が小学4年生の頃に両親が離婚。飯森は父親に引き取られることとなり、祖母と異母きょうだいの姉2人の5人で暮らすことになる。上の姉A子さんは12歳上、下の姉B子さんは6歳上だった。2人の姉は、飯森の面倒をよく見ていたという。しかし、飯森はほとんど中学校には通わず、形だけの卒業をした後は板金工だった父親の仕事や、地元の先輩の仕事を手伝うようになる。だが、どれも長くは続かなかった。

「塗装屋とコーキング屋で働いていた。コーキングというのは、マンションや建物の目地にコーキングという素材を入れる仕事です。先輩の伝手で働いていました。塗装は6カ月くらい。コーキングは3カ月。先輩が辞めるタイミングで自分も辞めました」(同前)

 以後、飯森は一度も定職についていない。

送検される飯森被告 ©産経新聞社

姉B子が当時2歳だった玲奈さんを連れて父のもとに現れた

 2000年頃、2人の姉が共に家を出て、飯森は離婚した母と大阪市内で住むことになる。この頃から、今回一緒に逮捕された5歳下の柴田と交際を開始。当時、柴田は中学1年生で、飯森は18歳。アルコール中毒の母と柴田の3人で暮らしていた。

 その後、しばらく経つと、6歳上の姉B子さんが、当時2歳だった玲奈さんを連れて突然、八尾市内に住む飯森の父のもとに現れたのだ。飯森は、そのときの様子を裁判でこう語っている。

「玲奈は恥ずかしがって、人見知りをして、B子の後ろに隠れていました。かわいいと思いました」

 日中、玲奈さんの面倒を見ていたのは飯森の祖母。玲奈さんの母親であるB子さんは、子どもを預けたまま家に寄り付かなくなっていった。B子さんは住み込みの風俗の仕事を見つけ、玲奈さんを置いて完全に家を出て行ってしまう。飯森はこう証言している。

「B子が、父親に『玲奈を見てほしい』と伝えたらしいんですが、父親は『いい』とは言わなかった。でも、(玲奈さんを)置いていった」