父親に報告し、警察に出頭すると伝えると反対し…
そして、さらに暴行を続けていく。途中、柴田が制止しようと声をかけたが、飯森は聞かなかった。後ずさりする玲奈さんに合わせて顔面を叩き、その後、右足で左の脇腹を蹴り上げ、床にうつぶせになった玲奈さんを右足で何度も何度も踏みつけていく――。
「玲奈の胸あたりを、足の裏で、押し込むように蹴りました。玲奈は悲鳴をあげて、亡くなりました」(飯森証言)
いつのまにか日が暮れて、辺りは暗くなっていた。
「玲奈を学校に行かせる準備のストレス、祖母、母親のことで思いが色々入り込んで、爆発してしまいました」(同前)
父親に報告したのは翌日のこと。警察に出頭すると伝えると、父は「出頭するな」と反対し、こう命じてきた。
「処理せい」
「コンクリを全部入れた後、ごめんなさいと手を合わせました」
父から提案されたのが、コンクリート詰めだった。だが、すぐには実行に移せなかった。コンクリ詰めにしたのは、死後3日ほど経った後のこと。遺体の服を脱がせた後、父の提案で髪を刈り上げ、柴田が死に化粧を施したという。
「(衣装ケースに)コンクリートを入れて下地を作り、乾かしてから、そこに玲奈を入れました。お腹が見えるあたりでいったんやめて、タオルと仏壇にあった花を取りに行って、玲奈のお腹の上に置きました」(同前)
その後、顔周辺までコンクリートを入れたところで、いったん手を止めたという。
「顔周辺になって、手を合わせ、自分の手でコンクリートのバケツに手を入れて、セメントを手ですくって顔にかけていきました。バケツから直でセメントを入れるのはむごいと思ったので。コンクリを全部入れた後、ごめんなさいと手を合わせました」(同前)
――以上が、玲奈さんがコンクリ詰めにされた一部始終である。そして玲奈さんの遺体は、このまま20年近く、誰にも気づかれぬまま放置され続けてきた。前出の社会部記者が語る。
「玲奈さんの母親は、報道で自分の娘が亡くなったことを知ったようです」
玲奈さんの母であるB子さんはいま、なにを思うのか。B子さんの自宅マンションのインターホンを鳴らした。だが、何度鳴らしても応答はせず、郵便ポストには大量のチラシが溜まっていた。
裁判は3月6日に結審し、検察側が懲役12年を求刑。いっぽう弁護側は懲役4年以下が妥当だと主張している。判決は3月13日の午後2時。司法はこの事件をどう裁くのだろうか。
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