父親と同じように暴力へ走るようになった
別の悩みもあった。入院している祖母や、アルコール中毒の母の面倒も見なければいけなかったのだ。だが、漢字の読み書きがままならなかった飯森は、行政に頼ることも出来なかったという。2006年10月26日、玲奈さんの誕生日を柴田と3人で祝って以降、飯森の心は少しずつ壊れていった。
「だんだんと、しんどくなって来ました。言うことを聞かないこと、嘘をつくこと、食器に入っているものをこぼすこと……。何回注意しても言うことを聞かない」(同前)
こうして、父親と同じように暴力へ走るようになっていく。
「両手で顔をハタいたりしていました。最初は加減していましたが、最後の方は加減が出来ていなかったです」(同前)
迎えた2006年の12月下旬――。いつものように昼過ぎに起床し、ベランダで煙草を一服していると、彼女の柴田からこんな報告があがってきた。
「玲奈が仏壇のお供え物を食べたり、水をこぼしたり、また同じことをしている」
飯森の心の中で何かが切れてしまった
玲奈さんに飯森が説教を始めたのは夕方頃。飯森は膝をつき、玲奈さんの目線に合わせてこう言った。
「お供え物、食べたやろ」
「食べてない」
「でも、またお菓子なくなってるんやけど」
そう言いながら、ゴミ箱にお菓子の包装紙などが入っていないか確認したが、何も出てこない。改めて「食べてない?」と尋ねると、玲奈さんは観念したのかポケットからお菓子の包装紙を取り出し「ごめんなさい」と謝ってきたという。
この瞬間、飯森の心の中で何かが切れてしまった。顔面を平手で3、4回以上叩き、お尻に蹴りを入れ、胸のあたりを左手で押して突き飛ばす。仏壇がある隣の部屋に連れていき、「なんで何回も同じことするの? 嘘をつくの?」そう尋ねるも、玲奈さんは「ごめんなさい」と言うばかりで要領を得ない。飯森の怒りはさらにエスカレートしていき、大声でこう言い放った。
「このクソガキ! なんでお前ここにおんねん!」
