そんなとき、いつも僕のそばにいて、声をかけてくれたのがカズさんでした。ただ優しいだけでなく、ときには厳しく、そして常に見守ってくれている。その存在が、どれほど僕の支えになったことか、言葉では言い尽くせません。

「雄星のつらさは、注目された人間にしかわからないもんなんだよ」

 ある日のことです。カズさんの運転するロールスロイスに乗せてもらい、当時本拠地だった西武ドームから、遠征先の千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)へと向かう機会がありました。普段なら緊張でガチガチになってしまうような超高級車の中も、カズさんと一緒だと不思議とリラックスできたのを覚えています。

 その車中で、カズさんがふと、僕にこう語りかけてくれたのです。

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「雄星のつらさは、注目された人間にしかわからないもんなんだよ。俺も、若い頃からある程度、多くの視線の中で生きてきた。だから、お前の気持ちが痛いほどわかる。今は周りがいろいろ言うかもしれないけど、何かあったら、いつでも俺に言ってこいよ」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の目から涙が溢れ出て止まらなくなりました。ロールスロイスの助手席で、声を殺して泣いたあのときのことを、僕は一生忘れないでしょう。誰にも理解されないと思っていた苦しみを、カズさんはわかってくれていた。それだけで、どれほど救われたことか。

 その後も、カズさんは事あるごとに僕を気にかけ、アドバイスをくれ、そして何よりも、僕の可能性を信じ続けてくれました。

 そんなカズさんが持っていた、メジャーリーグにおける日本人サウスポーの最多勝記録。その記録を僕が更新できたという事実は、単なる数字以上の意味を持っています。僕にとってそれは、恩師の記録を超えたという特別な誇りなのです。

菊池雄星 ©文藝春秋

 人は誰しも、人生の中で壁にぶつかり、挫折を味わうことがあります。そんなとき、たった一言の誰かの言葉が、その後の人生を大きく変えることがある。僕にとって、カズさんの言葉がそうであったように。

 そして、今度は僕が、誰かにとってのそんな存在になれたらと思うのです。注目されることのプレッシャー、結果が出ないときの焦り、怪我、そして孤独感。それらの経験があるからこそ、伝えられることがある。

 高級なロールスロイスの中での涙も、庶民的な焼肉屋での語らいも、すべてが今の僕をつくり上げている大切なピースです。そして、その中心にはいつも、カズさんの温かい眼差しがありました。

次の記事に続く 「こんな古い借家じゃなくて、大きな家をプレゼントする」…中2の菊池雄星がプロ野球選手になることを決意するきっかけになった“母の切ない要望”

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