小学3年生の頃、オリックスでプレーするイチローを一目見ようと、両親に内緒で電車とバスを乗り継ぐ「大冒険」をした岩手の野球少年。あれから18年。菊池雄星に、遠くから見つめていたヒーローと同じチームでプレーする奇跡の瞬間が訪れた。
そのとき、菊池はどのような心境だったのか。そして、菊池が心を奪われ続けるイチローの行動とは。『こうやって、僕は戦い続けてきた。』(PHP研究所)の一部を抜粋して紹介する。
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少年時代の憧れの選手
僕がイチローさんとチームメイトとしてプレーしたのは、たった1試合だけです。そう、僕にとってメジャーのデビュー戦が、奇しくもイチローさんの日本での引退試合の日となりました。
あの日、僕は5イニングを投げ、マウンドを降りましたが、その瞬間まで何も知らされていませんでした。だからこそ、その事実を知ったとき、こみ上げてくるものをこらえることができませんでした。
僕がまだ小学校3年生だった頃。当時、オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)に在籍されていたイチローさんの姿をどうしても見たくて、岩手県営野球場までたった一人で向かったのです。両親は共働きだったため、親の帰りを待っていたら、到底試合には間に合いません。僕は人生で初めて、たった一人で電車とバスを乗り継ぐという大冒険をしました。何度も道に迷いましたが、途中からはたと気づきました。「51」の背番号が入ったイチローさんのユニフォームを着ている人たちの後をついていけばいいことに。同じバスに乗り込み、家を出てから2時間半後、僕はなんとか目的の球場にたどり着くことができました。そこにいた、日本最終年のイチローさんのユニフォーム姿は、子ども心にも格別のオーラを放っているのがわかりました。
