「SF初心者にお薦めの一冊は?」みたいなことを昔からよく訊かれるんだけど、最近は返答に困らなくなった。答えは『プロジェクト・ヘイル・メアリー』一択。マット・デイモン主演で映画化された『火星の人』(映画版の邦題は『オデッセイ』)で華麗なデビューを飾ったアンディ・ウィアーの第3長編だ。
「記憶喪失」から始まる人類救出ミッション
何よりすばらしいのは、主人公が記憶を失った状態で始まること。管につながれ、病床みたいなベッドで目を覚ますが、自分が誰で、どこにいるのかもわからない。しかし不思議なことに、さまざまな知識は断片的に残っている。周囲を観察し、簡単な実験と科学的な論理で、彼はついに自分の居場所を特定する。
……と、ここまでで全体の3%弱。読者は主人公が記憶を取り戻すのと足並みを揃えて物語世界に入っていく仕組み。途中いくつもサプライズがあるため、SNSでは小説版の熱烈な愛好者からの、映画の予告編に対するネタバレ警報がかまびすしく、とうとう原作者自身が「予告編を観ても映画は楽しめるからご心配なく」と動画でアナウンスする始末。
地球から11.9光年の星へ
物語の発端は、日本の観測衛星が、天文学的にありえない、太陽エネルギーの指数関数的な減少を検知したこと。このままだと太陽はどんどん暗くなり、数十年後、地球は氷河期に突入、人類文明は崩壊する。調査の結果、謎の微生物群が太陽エネルギーを食べていることが判明。しかも、アストロファージと命名されたこの宇宙バクテリアは、他の恒星にも次々に感染を広げている。だが、地球から11.9光年の距離にあるくじら座タウ星だけは無事だった。その秘密を突き止めれば、太陽を救う手立てが見つかるのでは? こうして、アストロファージを燃料とする亜光速宇宙船ヘイル・メアリー号の建造が始まった!
ヘイル・メアリー(アヴェ・マリア)とは、アメフトで負けているチームが試合終了間際に一発逆転を狙って投げる(成功確率がきわめて低い)ロングパスのこと。いわば『宇宙戦艦ヤマト』的なミッションだが、本書の場合、SF的ディテールがいちいちリアル。


